自動車雑誌『NAVI』休刊へ

時代で言えば80年代、個人的には20歳代後半から愛読していた(ここ5年ほどは購読していませんでしたが)二玄社の自動車専門誌『NAVI』が、2010年2月26日発売の2010年4月号を最後に休刊になるとのニュースを読み、一時代が終わったとの感慨があります。「売り上げと広告収入の減少により2月26日発売の2010年4月号を最後に休刊」とのことです[参考]。これまで本誌の発行に尽力された皆様、本当にお疲れ様でした。

ただ単に車を紹介するのではなく、車を切り口にその時代時代の文化・世相を取り上げていた内容に魅力を感じて購読していたのですが、確かに5年ほど前から、内容にマンネリ化が現れるようになり、紙面に魅力が感じられなくなっていたことは事実です。

ところで私事になりますが、実はこの『NAVI』で連載されていた「10年10万キロストーリー」で取り上げてもらうことが長年の夢でした。

大学院卒業後の88年からカリフォルニアに住むようになり、89年に一発奮起でカリフォルニアの青い空にぴったりのセリカ・コンバーチブルを購入。以来21年間乗り続けています。現在、走行距離は26万マイル(40万キロ)。20年40万キロ、私の半生そのものであるこの車も、そろそろ取り上げてもらう資格があるかなと勝手に思いこんでいましたが、それも夢のまた夢です。

本田宗一郎の言葉

2009年12月22日付けの産経新聞に掲載された『次代への名言』の中で、以下のような本田宗一郎の言葉が紹介されています。

「技術そのものより、思想が大切だ。思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれない」

ここで直ぐに思いついたことが、「思想」を「科学」に置きかえることです。

「技術そのものより、科学が大切だ。科学を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき科学も生まれない」

良い言葉です。

ちなみに、カリフォルニア州在住の私は日本の新聞を手にとって読む事は適いませんが、iPhoneのおかげで産経新聞を読む事ができます。

「日本人の英語」マーク ピーターセン

本書は、著者が1980年にフルブライト留学生として初めて来日し、その6年後の1986年から2年間に渡って本書の内容を書きつづった連載を新書にまとめたものです。日本の大学で日本文学を学びつつ、多くの日本人理系研究者の書いた英文を添削してきた経験に基づき著された本書は、英語を日常的に書くことを生業としている日本人にとってのまさに座右の書と言っても過言ではないでしょう。

私自身、研究者として20年以上前に渡米して以来、日常的なメモに始まり、企画書、報告書、論文、学会発表、特許明細書、翻訳等々に関連して日常的に英語を使ってきましたが、このたび本書に巡り会ったことにより、今更ながらに蒙を啓かれました。そこには英語を書く際に日本人が陥りやすい落とし穴が見事なまでに明確に指摘されています。

まず最初の六つの章で説明される冠詞、名詞、名詞の複数形等(またそれは、日本人が英語を書く際にいつになっても悩む冠詞の使い方なのですが)に関する部分では、名詞に冠詞を付けるのではなく、まず冠詞ありきで、その後に名詞が続くと言うとらえ方が勧められています。文脈において「それぞれの名詞が、a、the、無冠詞、単数、複数のどの意味的カテゴリーに入るか」を常に確認すると言う習慣をつけるべし、なのです。

本書の前半部分は、実は多くの文法書に書かれている事ではあるのですが、成人してから中高での文法書を読み直したことなど一度もない私にとっては、まさに再教育を受けた感です。このように前半部分から学ぶことも多いのですが、本書の真価が発揮されるのは、後半の関係詞、先行詞と関係節、副詞と論理構造、接続詞に関する部分でしょう。

良い例が、「特に・とりわけ」と言う文句で始まる日本文に対して、”Especially, …” と訳してしまう間違いです。私も以前この間違いを犯して英語のネイティブスピーカーに直されたことがあります。それは、「”Especially, …” には、コンマで後に続く文から仕切られた、自立した「句」として働く慣用はない」からです。

また、”A lyrics of that song was written by a word processor, whose appeal is depending on clever rhyming and puns mainly.”と言う問題だらけの英文が、順を追って添削され、最終的に”A word processor was used to write that song’s lyrics, whose appeal would seem to lie mainly in their clever rhyming and puns.”に書き直される過程は見事です。

別の例として、日本人が書いた英語論文で見かける “The following results of this experiment were obtained: ….” と言う表現が取り上げられています。英語ネイティブスピーカーからすると、この受動態は非常に虚弱な感じを受けるので、 “We obtain the following results in this experiment: ….” あるいは “This experiment yielded the following results: …” の様に自信を持って能動態にすべしと勧められています。確かに、研究者ならば自分の研究成果を発表する際に、胸を張って後者の様に表現したいものです。

さらに別の例として、論文のアブストラクト(要約)では、特定の個人や組織に関わりのないように書く習慣があるので、例えば “We discovered a virus believed to be responsible for a disease similar to AIDS in cats.” を、 “We” と言う主語を使わないで表現する “Discovered is a virus believed to be responsible for a disease similar to AIDS in cats.” が勧められています。

そして圧巻は、最後の章で紹介される、志賀直哉の「城の崎にて」の一節にある「風もなく [小川の] 流れのほかはすべて静寂の中にその葉だけがいつまでもヒラヒラヒラヒラとせわしなく動くのが見えた」を “There was no wind, and except for the flowing stream, all lay in stillness, in the midst of which that single leaf alone kept up its busy fluttering, on and on.” と訳す箇所です。このような英文が書けるようになりたいものです。そのためには、結局は英語を英語として考えるしかないのです。日本語をその字面のまま英訳するのでは無く、まず日本語の文章が言わんとする状況を視覚的・感覚的・論理的に捉え、それを英語で表現する、という事を身につけることです。

アメリカ人である著者がほんの6年間(!)の日本滞在でこれほどまでに日本語と日本人を理解し、その深い理解に基づいて著された本書はまさに賞賛に値します。なにせ、私は20年以上もアメリカに住んでいるにも関わらず、未だにあやしい英語を操っていますから。

英文を書くことに関わる全ての日本人に読んでもらいたい一書です。

生と死の自然史 ― 進化を統べる酸素

多くの生命の生存にとって必要不可欠である一方、生体を攻撃し多大なダメージを与える「酸素」を切り口にして、地球上での生命進化論を解説したすぐれた科学読本です。

地球科学、考古学、生物学、遺伝学、化学、医学等々の驚くほど広範な学術分野の膨大な研究に基づいた、その広範にして深く切り込んだ解説を理解するにはかなりの集中力を持って読み進める必要があります。しかし、そこから得られる地球の歴史、生命進化の歴史、老化の秘密等々、得られる知識も膨大です。

その膨大な知識の中からごく一部を紹介しますと、例えば、老化したミトコンドリアから漏れ出る活性酸素がどれほど生体に取って危険であるか、またそれを防ごうとして必要以上のビタミンCやE、コエンザイムなどの抗酸化物は外部から大量摂取してもほとんど無意味である、さらに、日本人の平均余命が長いのは、高頻度でMt5178Aと言う呼ばれる変異型のミトコンドリア遺伝子を持つことから説明されるかもしれない、等々、どれも非常に興味深いものです。

また、著者の「生物は、自ら火星や金星のような不毛なものとなる運命から地球を救ったのである」と言う言葉は、多くの示唆に富んでいますし、最後で述べられる「幅広く多様なものを食べよ、しかして食べ過ぎるな、過度の清潔を避けよ」と言う言葉も、全編を読み終えた後に読むとその重要性がしっくりと心にしみこみます。

充実した索引、用語解説、参考文献、訳者注も本書の美点です。日本語訳もまずこなれており読みやすい部類に入ります。

地球の生命史を知りたいと思う人に、まとまった時間の取れる時に集中して読まれることをお勧めします。

雲はなぜ落ちてこないのか

深い洞察に基づいた含蓄ある科学読本

宇宙物理学者である佐藤文隆氏が、専門的な数式をいっさい使わずに科学の素晴らしさを幅広い観点からやさしく説いたすばらしい科学読本です。

タイトルだけを見ると「なぜ雲が落ちてこないのか」の説明に終始するような印象を受けますが、実は雲に絡んだ気象の話から始まり、身近なところでは色彩の話、水の話、地球の空、地球と生命の関係、地球環境、などの話題から、太陽、火星、宇宙、素粒子、等々の宇宙的な話題まで、実に幅広い科学分野に話はおよびます。これだけの幅広い分野に関するこの思索に富んだ話題をやさしく解説できる著者に脱帽です。

各々の話題において色々と学ぶところは多かったですが、特に「なぜ山頂は禿げてくるか?」の項では、生物の存在しない世界でなら山頂は自然と禿げてくるのであるが、生物の存在が山頂を禿げることから守っていると言う環境と生物との相互作用の重要さを知り、まさに目から鱗でした。

また、二酸化炭素排出などの人間の活動が地球温暖化に及ぼす影響を過大に取り上げすぎる風潮に対しても、科学者として非常に冷静な立場を取っています。

いづせにせよ、全編を通じて、日本の受験一辺倒教育が殺してきた、日常の一つ一つの現象に対して「なぜ?」「どうして?」と言う素朴な好奇心を持つことの重要さを再認識させてくれます。

日本の科学教育を著者のような人物を中心とした有識者組織に任せれば、現在の不毛な日本の科学教育も改善されると思うのは私だけでしょうか。

世界初の遺伝子組み換え霊長類

実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームが、霊長類として世界初の遺伝子組み換えコモン・マーモセット(南米原産の小型サル)の作出に成功したと言うニュースが飛び込んできました。ライフサイエンスにおける日本発の画期的業績ですので、ここに紹介することにしました。

これまで、医学研究で使われる遺伝子組み換え動物としては、遺伝子組み換えマウスが多方面で応用され、数多くの価値ある成果を生み出してきていますが、マウスと人間の違いが大きく、マウスでの実験結果が必ずしも人間にそのままでは応用できない場面に出くわすことも少なからずあります。その様な状況下で、コモン・マーモセットなどのより人間に近い霊長類の遺伝子組み換え動物の作出が望まれてきました。そして、今回ついに実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームがその遺伝子組み換えコモン・マーモセットの作出に成功したのです。

GFP遺伝子(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Proteinを発現する遺伝子)を組み込まれたコモン・マーモセットの親から生まれた子供もこのGFP遺伝子を受け継ぎ、GFPを発現していることが確認されました(GFPにより紫外線を当てると身体が緑色に発光します)。つまり、遺伝子を組み換えたコモン・マーモセットを安定して作出する技術が確立されたのです。ちなみに、このGFPは1960年代に下村脩氏が発見・分離精製に成功したタンパクで、その後のライフサイエンス研究において欠くべからざる物質となっていることは、彼が本業績で2008年にノーベル化学賞を受賞したニュースもまだ新しいので皆さんもご存じでしょう。日本人研究者の発見が新たな日本人研究者の発見につながるという、非常にうれしいニュースでもあります。

最後に強調しておきたいのは、今回の成果は、実験動物中央研究所の長年の地道で着実な技術の積み重ねと、多くの研究者の弛まぬ努力のたまものであることです。この遺伝子組み換えコモン・マーモセットが医学研究の場で効果的に使われ、人間における発病機序の解明や疾患治療法の開発に貢献できる研究が加速することを期待したいと思います。

ちなみに、本成果はNature誌の最新号(2009年5月28日号)に掲載されています。

Common Marmoset

Common Marmoset

スタンフォード大学の講義I

スタンフォード大学の授業、セミナー、イベントの一部がYouTubeのスタンフォード大学チャンネルで視聴できます。610の動画が登録されています(2009年5月23日現在)。

今回はその中からひも理論*の大家であり「宇宙のランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す」の著者でもあるサスキンド(Leonard Susskind)教授がおこなった、一連の生涯教育講義(Continuing Studies)を紹介したいと思います。現在の所視聴できるのは、以下の古典力学、特殊相対性理論、一般相対性理論、量子力学、Quantum Entanglements(I, III)の6つの講義です。

このような素晴らしい講義を世界中の人に無料で提供しているスタンフォード大学に感謝です。

Lecture 1 | Modern Physics: Quantum Mechanics

[注*] ひも理論(String Theory):宇宙のもっとも基本的な構成要素が「ひも」であるとの仮定に基づき、この宇宙の全ての物理現象を統一的に記述しようとする野心的な理論。いわゆる「究極の理論(Theory of Everything)」の最有力候補と目されてはいるが、まだ実験によって検証可能な明確な予言が無いので、あくまでも仮説の域を脱していない。

アメリカに於ける日本酒普及活動

先週の金曜日(2009年3月6日)、サンフランシスコの料理学校California Culinary Academyに於いて開催されたSake Tasting Seminar(The Japan Sake Brewers Association(日本酒造組合中央会)JETRO San Francisco共催、在サンフランシスコ日本総領事館後援)に参加してきました。

参加者は約60名程度でしょうか。その8割以上はアメリカ人と思われます。会場として使われたCalifornia Culinary Academyの教室はその参加者でほぼ満席状態となりイベントが始まりました。

本イベントは大きく2部に分かれており、前半がセミナーで後半が酒のテイスティングです。

前半のセミナーは、フードライターとして著名なPatricia Untermanさんの司会のもと、在サンフランシスコ日本総領事の長嶺安政氏の開会の辞で始まり、日本酒輸出協会会長の松崎晴雄氏が日本酒の概要を、サンフランシスコのレストランBixのExecutive ChefのであるBruce Hill氏が日本酒と洋食とのマッチングを、SausalitoのレストランSushi RanのオーナーであるYoshi Tome(当銘由盛)氏が日本食における日本酒を、そしてサンフランシスコJETRO所長の村永祐司氏の閉会の辞で締めくくられました。Q&Aの時間では会場から活発な質問が発せられ、日本酒をもっとよく知りたいとの聴衆の熱意が感じられました。また、松崎晴雄氏の話は日本語でしたので、それをYoshi Tome氏が英語に逐次通訳しましたが、この逐次通訳は見事でした。

さて、後半は皆が待ちに待った日本酒のテイスティングです。このテイスティングでは、Sushi RanのExecutive ChefであるScott Whitmanさん(写真1)が日本酒に合わせて用意する小皿類料理を、日本酒と共に味わえるのが目玉の一つとなっています。実際に、用意された料理は典型的なカリフォルニア料理と言える料理ですが、さすがに日本酒に合わせて作られただけあり、その味付けは繊細なうまみを生かしたもので、日本酒との相性もぴったりでした。

調理中のScott Whitmanシェフ

写真1:調理中のScott Whitmanシェフ

今回のイベントに遠路はるばる日本から駆けつけた酒造元は以下の10の蔵です。

どの蔵も力の入れようには並々ならぬものを感じましたが、その中でも特に、京都府宮津市のハクレイ酒造の社長である中西哲也氏と一緒に参加された、福知山市の井田一已氏、櫻井一好氏、鬼伝説(特に酒呑童子伝説)で有名な同市大江町で「地酒を造る会」の会長を務められいる大槻博路氏、そして鬼のぬいぐるみをイベント中ずっと着られていた方、の意気込みがひしひしと感じられました(写真2)。

ハクレイ酒造

写真2:ハクレイ酒造

今回のイベントは、主催者のJETROと後援者のサンフランシスコ日本総領事館の肝いりのイベントであり、アメリカにおける日本酒普及に対する強い意志が感じられました。日本酒は文化的に見てもワインと並び称されるべき非蒸留発酵酒であるにも関わらず、つい最近まで世界での知名度はワインとは全く比べものにならないくらい低いものでした。今でもまだまだワインほどの普及度はないですが、多くの人たちの努力でようやくアメリカでも本物の日本酒を理解し、食事と共に楽しむ人が増えてきたことは、アメリカに長く住む日本人としてとてもうれしいことです。

日本酒は日本が世界に誇る食文化です。私も自身が経営するレストラン「Wakuriya(和厨)」や、アメリカ人への日本酒紹介などの活動を通して、微力ながらその活動に貢献できればと思っています。

今回のイベントに参加できたのも主催のJETROサンフランシスコとそれをサポートされた方々のおかげです。心より感謝いたします。

JBCセミナー「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー」に参加して

昨日(2009年2月20日)、シリコンバレーにおける日系のバイオ関係者の集まりであるJapan Bio Community(JBC)主催による、エコシステム経済研究所のIsao UENO氏を招いての「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー – 環境調和型材料変換システム”MACS”を用いたバイオマス燃料化技術」フォーラムに参加してきました。

要旨をここに引用しておきます。

バイオマスが拓く21世紀のエネルギーは、自然を利用する究極のエネルギーであり、地球温暖化の元凶である二酸化炭素の排出を、ゼロにできるものです。このバイオマス・エネルギーの最大の特長は、「太陽と同じ」ということで、太陽光と水と二酸化炭素を資源に、無限循環的再生可能に栽培で作り続けることができます。また、バイオマスの埋蔵量は、大気中に二酸化炭素を増やすことなく、世界の全エネルギーの7倍もあります。

バイオマスとはBio「生物」とMass「集まった量」の合成語で、一般的には「生物由来の再生可能な有機性資源」の中で、化石資源を除き、具体的には草本類や木本類全般と食品廃棄物、家畜の排泄物などを指します。バイオエタノールはトウモロコシのような食料から作ることでよく知られていますが、食料を燃料にするのは、人類文化の冒涜ではないでしょうか。一方、同様な用途に使うことができるバイオメタノールは、非食料の草木などのバイオマスから、短時間、小規模で、高効率に作る技術によって、明日からでも使うことができます。

今セミナーでは、バイオマス・エネルギーを理解しながら、地球環境問題への解決と、事業性の両方に利益をもたらすと期待される有望な技術『環境調和型材料変換システムとそのバイオメタノールの燃料化技術』について紹介します。

この要旨から素晴らしい技術の話が聞けると期待に胸をふくらませて参加したのですが、実際にセミナーが始まってみると最初のほぼ8割が地球温暖化に対する警告と自著の宣伝に終始し、なかなか要の『環境調和型材料変換システム(MACS)』の説明をしてもらえません。忍耐強く待った後、やっとMACSの説明に入ったと思ったら、何のことはない『MACSとは、有機廃棄物を摂氏200度、20気圧の水で処理することにより、メタノール等の製造に適した物質に分解する技術』と簡単に述べられただけでした。全くの肩すかしです。

有機廃棄物、特に植物由来のバイオマスは、分解が非常に難しいセルロースヘミセルロースリグニンなどの強固に結びついた繊維質高分子が多くを占めており、それがバイオマスの有効利用を妨げてきた大きな理由です。Wikipediaから引用しますが、例えば、セルロースの分解には硫酸や塩酸が用いられるほか、酵素のセルラーゼが用いられる。リグニンと結合したセルロースは単独状態よりもさらに化学的に安定であるため、分解は非常に困難であり、工業的な利用を妨げている(Wikipediaより)であり、多くの研究者が過去何十年にもわたって、効果的な分解法の研究・開発を行ってきているのですが、その多くが研究の域を脱しておらず、安価な大量処理の実現にはまだまだ時間がかかるというのがこれまでの認識でした。

それを、摂氏200度、20気圧の水で処理するMACS技術により、いとも簡単に実現できると言うのですから、これが本当ならば人類にとって非常に大きな福音になります。

ですので、このMACSと言う技術の詳細を知りたいと思うのは当然のことなのですが、そこを完全にはぐらかされました。非常に残念です。

さらに、分解生成物がどういう物質なのかの質問に対しても、ただ単に分解された物質としか述べず、それが低分子化されたリグニンなのか、あるいは多糖、オリゴ糖、単糖などの糖なのか、それとも有機酸なのかも不明でした。また、窒素などの他の物質の除去方法も具体的な説明はありませんでした。

バイオマスを最大限に有効利用することによって、人類のエネルギー源を限りなくカーボンニュートラルに近い状態に持って行くとの理念は非常にすばらしく、その理念に対しては諸手を挙げて賛成しますが、このように技術やデータを隠されてしまうと少々疑問の念がわき起こったと言うのが正直な所です。

ご参考までに、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの分解は、大きく分けて

  • 物理的分解
  • 化学的分解
  • 生物的分解

の三通りの方法、およびそれらを組み合わせた方法があり、それぞれ実用化に向けた研究がなされています。

例えば京都大学の坂研究室が超臨界水を用いた分解法を研究しています。それによると

  • 微結晶セルロースを流通型超臨界水処理装置を用いて380℃、40MPa(395気圧)の条件下で超臨界水処理すると、0.12秒の処理により約75%の収率で多糖、オリゴ糖、単糖などの糖類が得られる
  • リグノセルロースは超臨界水処理(>374℃、>22.1MPa(218気圧)) により分解され、数種類の有機酸(ギ酸、酢酸、グリコール酸、乳酸、ピルビン酸)にまで分解される。

との由です。

どうもMACS技術はこの超臨界水を用いた分解法と同類の技術(ただし圧力が20気圧と臨界状態の218気圧以上に比べて約10分の1とかなり低い気圧なので超臨界状態ではない。おそらく亜臨界状態と思われる)の様ですが、UENO氏が技術の詳細を明らかにしてくれないので、残念ながら確認はできません。

化学的分解法としては、硫酸を使った加水分解法などがありますし、生物的な分解法としては、リグニン分解能を有する白色腐朽菌を用いた処理法や、2006年5月19日の読売新聞で紹介されている大成建設の取り組みなどがあります。

これらはいづれにせよ、コストダウンが最大の課題となっています。

とにかく、化石燃料への依存度を下げると言う理念には皆が賛同できますし、それを実現させようとする努力も尊いものです。ただ、それが秘密主義に走ってしまってはいけません。本物なら正々堂々と王道を行くべしです。また、UENO氏の公演中、いたずらに危機感を煽る表現の多用や自著の宣伝の繰り返しに加えて、自己矛盾を来す部分が何点か見受けられましたが、それらが彼に対する信頼を失墜させる一要因になったことは間違いないでしょう。非常に残念です。

[補遺]
東北大学未来科学技術共同研究センター阿部敬悦博士よりご教示いただいた木質系バイオマスからバイオエタノールなどのバイオ燃料を製造する工程を紹介します。

原料:木質系バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンから構成されています。セルロースは6炭糖のグルコースのβ-1,4-結合ポリマーであり、ヘミセルロースは、セルロース成分にさらに5炭糖のキシロースやアラビノースを含んだポリマーとなります。リグニンは、フェノール性のポリマー樹脂で、セルロース、ヘミセルロースの木質間を充填しています。

製造プロセスは以下の3プロセスです。

  1. 原料前処理糖化工程ー物理的(熱、臨界点、マイクロウエーブ)、化学的(酸、アルカリ)による糖液の調整→さらに木質ポリマー分解酵素のセルラーゼ、ヘミセルラーゼを組み合わせたシステムが世界的に主流になりつつある(現在は、原料前処理、酵素生産、糖化が別のプロセスになったSimultaneous saccharification and fermentation process) 。将来的には酵素生産と発酵を同時に行うConsolidated bioprocessを目指している。
  2. <この工程のコストダウンが最大の課題>

  3. 2)糖質のエタノール変換:細菌、酵母類に遺伝子組み換えを施し、エタノール生産能を増強したもの、グルコース以外の糖(ヘミセウロース由来の5炭糖ーキシロース、アラビノース等)の発酵性を増強した微生物の利用が推進されている。
  4. <5炭糖発酵能に優れた微生物育種、耐酸性(原料前処理への対応)、耐塩性(原料前処理後の中和塩への対応)、エタノール耐性育種)が課題>

  5. エタノール分離工程:通常は蒸留、場合によっては逆浸透

バイオマス・ニッポン総合戦略などの行程表によれば、2017年あたりまでに、実証プラントによる実証実用化試験を行って、それ以降に生産拡大を目指すとされています。

米国では、エネルギー省のグラントで、NOVOZYME USAが、大型の実証プラント試験を行っています。

2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食の効用

少々旧聞に属しますが、米国医学雑誌JAMA(Journal of American Medical Association)の2008年12月17日号で報告された、2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食と高穀物繊維食の効果を比較した臨床試験を紹介します(”Effect of a Low-Glycemic Index or a High-Cereal Fiber Diet on Type 2 Diabetes – Randomized Trial“, D.J.A. Jenkins et. al.)。

カナダのトロント大学のDavid J. A. Jenkins医師らが中心となり、過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされるヘモグロビンA1Cが6.5%から8.0%の範囲にある2型糖尿病患者に対して、低グリセミック指数食グループと、高穀物繊維食グループの2つのグループに無作為に分け、治療方針を評価する研究(Intention-to-treat analysis)が実施されました。2,200人のボランティアの応募者から、ヘモグロビンA1C値に加えて、年齢、性別、BMIなどを考慮して最終的に210人が選ばれ、本臨床試験に参加することになりました。本研究では、各グループの患者にに対して規定の食事を6ヶ月間続けてもらい、第1指標としてのヘモグロビンA1C、第2指標としての空腹時血糖値と心血管イベントの主要リスクファクター、およびC反応性タンパク、体重、BMIなどが4週間毎に24週間測定されました。

結果
低グリセミック指数食グループではヘモグロビンA1Cが0.5±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値が1.7±0.9mg/dL増加と言う結果が得られました(以下、±エラーはすべて95%信頼区間)。一方、高穀物繊維食グループではHbA1cは0.18±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値は0.2±0.7mg/dL減少(ただし、後者はエラーが大きく実際には有意な変化は無しと捉えるべきでしょう)と言う結果でした。

ここで注目しておきたいデータが、今回の研究の主要指標では無いのですが、近年、心血管イベントの強力なマーカーとして注目されているC反応性タンパク(C-Reactive Protein)の変化です。

炎症マーカーであるこのC反応性タンパクが、低グリセミック指数食グループでは4.6mg/Lから3.0mg/Lに減少(1.6±1.3mg/dL, 35%の減少)、高穀物繊維食グループでも4.6mg/dLから2.8mg/dLに減少(1.8+2.1-2.2mg/L, 39%の減少)と、共に減少している点です(ただし、高穀物繊維食グループではエラーが大きく有意とは言えませんが)。

まとめますと、今回の2型糖尿病患者に対しては、低グリセミック指数食の方が高穀物繊維食より効果的に、ヘモグロビンA1Cを下げ、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げると言うことです。つまり、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことです。

低グリセミック指数食は、そもそもの定義からして同じ炭水化物でも血糖値上昇の度合いが低い食事ですから、その機序からしてヘモグロビンA1Cを下げる効果があることはごく自然に理解できますが、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げる効果が見られたことは注目に値します。実は、低グリセミック指数食が、HDLコレステロール値を上げ [Brand-Miller J et.al. Diabetes Care. 2003;26(8):2261-2267], [Ford ES et.al. Arch Intern Med. 2001;161(4):572-576]、C反応性タンパクを下げる効果 [Liu S et.al. Am J Clin Nutr. 2002;75(3):492-498], [Wolever TMS et.al. Am J Clin Nutr. 2008;87(1):114-125] が見られることは以前の研究でも報告されていました。

いづれにせよ、2型糖尿病患者にとって低グリセミック指数食事により、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことは朗報であることは間違いないでしょう。

さて、ここまでが現在の医学研究において多くの研究者が行っている統計処理データだけを見て得られる結論ですが、私としてはその先を研究したいと言う気持ちがわき起こってきます。それを以下で説明します。

考察
まず、統計処理する前の一人一人の患者のデータを基に、A: 大きな変化、B: 平均に近い変化、あるいは、C: ほとんど変化の見られない患者のグループ、の3グループに分け、さらに詳細なデータ解析を行えばどのような因子がその変化の有る無しと相関関係があるかを知ることができると期待できます。そして相関関係の見つかった因子間で、因果関係を究明する研究を立案するのです。ただその際に、重要と思われる各患者の遺伝子データも取っておく必要があります。この実現の障壁になるのが、集団統計処理データに立脚しすぎてしまっている現代医学界における固定観念と、現在の技術ではまだまだ高価な遺伝子データ取得費用の2つでしょう。後者は技術的問題ですので、技術さえ進歩すれば解決できる問題ですのでここでは特に議論しませんが、前者は「集団統計処理データに始まり、集団統計処理データに終わる」との固定観念に支配されている現代医療界の心理的かつ体制的問題ですので、その打破には巨大なエネルギーが必要です。私の力は微力ですが、提言を繰り返すことによりそのエネルギーのほんの一旦だけでも担えればと思っております。

ただ単なる臨床試験に留まるのではなく、その臨床試験を、得られた結果に基づき生命現象の機序を解明するさらなる研究のきっかけとしてとらえる事により、一つの臨床試験がより実りある多くの研究に繋がる可能性があるのです。

用語解説

  • グリセミック指数
    食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖を100とした場合の相対値で表すとされる。つまりグリセミック指数が低ければ低いほど、食後の血糖値の上昇を抑えられます。

  • 低グリセミック指数食
    ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず:wheat bran)入りのライ麦の黒パン、quinoa(キノア:アンデス地方で栽培される雑穀で、他の雑穀に比べてタンパク質と不飽和脂肪酸を多く含み、糖質が少ない)、flaxseed(アマニ)、オートミール、パスタ、豆類、グリーンピース、レンズ豆、ナッツ類など
  • 高穀物繊維食
    無精白の全粒パン、全粒シリアル、玄米、皮つきのジャガイモなど
  • ヘモグロビンA1C
    HbA1c – glycated hemoglobin A1c:過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされる。HbA1cが6.5%以上の場合、糖尿病と診断する。

参考文献