世界初の遺伝子組み換え霊長類

実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームが、霊長類として世界初の遺伝子組み換えコモン・マーモセット(南米原産の小型サル)の作出に成功したと言うニュースが飛び込んできました。ライフサイエンスにおける日本発の画期的業績ですので、ここに紹介することにしました。

これまで、医学研究で使われる遺伝子組み換え動物としては、遺伝子組み換えマウスが多方面で応用され、数多くの価値ある成果を生み出してきていますが、マウスと人間の違いが大きく、マウスでの実験結果が必ずしも人間にそのままでは応用できない場面に出くわすことも少なからずあります。その様な状況下で、コモン・マーモセットなどのより人間に近い霊長類の遺伝子組み換え動物の作出が望まれてきました。そして、今回ついに実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームがその遺伝子組み換えコモン・マーモセットの作出に成功したのです。

GFP遺伝子(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Proteinを発現する遺伝子)を組み込まれたコモン・マーモセットの親から生まれた子供もこのGFP遺伝子を受け継ぎ、GFPを発現していることが確認されました(GFPにより紫外線を当てると身体が緑色に発光します)。つまり、遺伝子を組み換えたコモン・マーモセットを安定して作出する技術が確立されたのです。ちなみに、このGFPは1960年代に下村脩氏が発見・分離精製に成功したタンパクで、その後のライフサイエンス研究において欠くべからざる物質となっていることは、彼が本業績で2008年にノーベル化学賞を受賞したニュースもまだ新しいので皆さんもご存じでしょう。日本人研究者の発見が新たな日本人研究者の発見につながるという、非常にうれしいニュースでもあります。

最後に強調しておきたいのは、今回の成果は、実験動物中央研究所の長年の地道で着実な技術の積み重ねと、多くの研究者の弛まぬ努力のたまものであることです。この遺伝子組み換えコモン・マーモセットが医学研究の場で効果的に使われ、人間における発病機序の解明や疾患治療法の開発に貢献できる研究が加速することを期待したいと思います。

ちなみに、本成果はNature誌の最新号(2009年5月28日号)に掲載されています。

Common Marmoset

Common Marmoset

スタンフォード大学の講義I

スタンフォード大学の授業、セミナー、イベントの一部がYouTubeのスタンフォード大学チャンネルで視聴できます。610の動画が登録されています(2009年5月23日現在)。

今回はその中からひも理論*の大家であり「宇宙のランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す」の著者でもあるサスキンド(Leonard Susskind)教授がおこなった、一連の生涯教育講義(Continuing Studies)を紹介したいと思います。現在の所視聴できるのは、以下の古典力学、特殊相対性理論、一般相対性理論、量子力学、Quantum Entanglements(I, III)の6つの講義です。

このような素晴らしい講義を世界中の人に無料で提供しているスタンフォード大学に感謝です。

Lecture 1 | Modern Physics: Quantum Mechanics

[注*] ひも理論(String Theory):宇宙のもっとも基本的な構成要素が「ひも」であるとの仮定に基づき、この宇宙の全ての物理現象を統一的に記述しようとする野心的な理論。いわゆる「究極の理論(Theory of Everything)」の最有力候補と目されてはいるが、まだ実験によって検証可能な明確な予言が無いので、あくまでも仮説の域を脱していない。

アメリカに於ける日本酒普及活動

先週の金曜日(2009年3月6日)、サンフランシスコの料理学校California Culinary Academyに於いて開催されたSake Tasting Seminar(The Japan Sake Brewers Association(日本酒造組合中央会)JETRO San Francisco共催、在サンフランシスコ日本総領事館後援)に参加してきました。

参加者は約60名程度でしょうか。その8割以上はアメリカ人と思われます。会場として使われたCalifornia Culinary Academyの教室はその参加者でほぼ満席状態となりイベントが始まりました。

本イベントは大きく2部に分かれており、前半がセミナーで後半が酒のテイスティングです。

前半のセミナーは、フードライターとして著名なPatricia Untermanさんの司会のもと、在サンフランシスコ日本総領事の長嶺安政氏の開会の辞で始まり、日本酒輸出協会会長の松崎晴雄氏が日本酒の概要を、サンフランシスコのレストランBixのExecutive ChefのであるBruce Hill氏が日本酒と洋食とのマッチングを、SausalitoのレストランSushi RanのオーナーであるYoshi Tome(当銘由盛)氏が日本食における日本酒を、そしてサンフランシスコJETRO所長の村永祐司氏の閉会の辞で締めくくられました。Q&Aの時間では会場から活発な質問が発せられ、日本酒をもっとよく知りたいとの聴衆の熱意が感じられました。また、松崎晴雄氏の話は日本語でしたので、それをYoshi Tome氏が英語に逐次通訳しましたが、この逐次通訳は見事でした。

さて、後半は皆が待ちに待った日本酒のテイスティングです。このテイスティングでは、Sushi RanのExecutive ChefであるScott Whitmanさん(写真1)が日本酒に合わせて用意する小皿類料理を、日本酒と共に味わえるのが目玉の一つとなっています。実際に、用意された料理は典型的なカリフォルニア料理と言える料理ですが、さすがに日本酒に合わせて作られただけあり、その味付けは繊細なうまみを生かしたもので、日本酒との相性もぴったりでした。

調理中のScott Whitmanシェフ

写真1:調理中のScott Whitmanシェフ

今回のイベントに遠路はるばる日本から駆けつけた酒造元は以下の10の蔵です。

どの蔵も力の入れようには並々ならぬものを感じましたが、その中でも特に、京都府宮津市のハクレイ酒造の社長である中西哲也氏と一緒に参加された、福知山市の井田一已氏、櫻井一好氏、鬼伝説(特に酒呑童子伝説)で有名な同市大江町で「地酒を造る会」の会長を務められいる大槻博路氏、そして鬼のぬいぐるみをイベント中ずっと着られていた方、の意気込みがひしひしと感じられました(写真2)。

ハクレイ酒造

写真2:ハクレイ酒造

今回のイベントは、主催者のJETROと後援者のサンフランシスコ日本総領事館の肝いりのイベントであり、アメリカにおける日本酒普及に対する強い意志が感じられました。日本酒は文化的に見てもワインと並び称されるべき非蒸留発酵酒であるにも関わらず、つい最近まで世界での知名度はワインとは全く比べものにならないくらい低いものでした。今でもまだまだワインほどの普及度はないですが、多くの人たちの努力でようやくアメリカでも本物の日本酒を理解し、食事と共に楽しむ人が増えてきたことは、アメリカに長く住む日本人としてとてもうれしいことです。

日本酒は日本が世界に誇る食文化です。私も自身が経営するレストラン「Wakuriya(和厨)」や、アメリカ人への日本酒紹介などの活動を通して、微力ながらその活動に貢献できればと思っています。

今回のイベントに参加できたのも主催のJETROサンフランシスコとそれをサポートされた方々のおかげです。心より感謝いたします。

JBCセミナー「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー」に参加して

昨日(2009年2月20日)、シリコンバレーにおける日系のバイオ関係者の集まりであるJapan Bio Community(JBC)主催による、エコシステム経済研究所のIsao UENO氏を招いての「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー - 環境調和型材料変換システム”MACS”を用いたバイオマス燃料化技術」フォーラムに参加してきました。

要旨をここに引用しておきます。

バイオマスが拓く21世紀のエネルギーは、自然を利用する究極のエネルギーであり、地球温暖化の元凶である二酸化炭素の排出を、ゼロにできるものです。このバイオマス・エネルギーの最大の特長は、「太陽と同じ」ということで、太陽光と水と二酸化炭素を資源に、無限循環的再生可能に栽培で作り続けることができます。また、バイオマスの埋蔵量は、大気中に二酸化炭素を増やすことなく、世界の全エネルギーの7倍もあります。

バイオマスとはBio「生物」とMass「集まった量」の合成語で、一般的には「生物由来の再生可能な有機性資源」の中で、化石資源を除き、具体的には草本類や木本類全般と食品廃棄物、家畜の排泄物などを指します。バイオエタノールはトウモロコシのような食料から作ることでよく知られていますが、食料を燃料にするのは、人類文化の冒涜ではないでしょうか。一方、同様な用途に使うことができるバイオメタノールは、非食料の草木などのバイオマスから、短時間、小規模で、高効率に作る技術によって、明日からでも使うことができます。

今セミナーでは、バイオマス・エネルギーを理解しながら、地球環境問題への解決と、事業性の両方に利益をもたらすと期待される有望な技術『環境調和型材料変換システムとそのバイオメタノールの燃料化技術』について紹介します。

この要旨から素晴らしい技術の話が聞けると期待に胸をふくらませて参加したのですが、実際にセミナーが始まってみると最初のほぼ8割が地球温暖化に対する警告と自著の宣伝に終始し、なかなか要の『環境調和型材料変換システム(MACS)』の説明をしてもらえません。忍耐強く待った後、やっとMACSの説明に入ったと思ったら、何のことはない『MACSとは、有機廃棄物を摂氏200度、20気圧の水で処理することにより、メタノール等の製造に適した物質に分解する技術』と簡単に述べられただけでした。全くの肩すかしです。

有機廃棄物、特に植物由来のバイオマスは、分解が非常に難しいセルロースヘミセルロースリグニンなどの強固に結びついた繊維質高分子が多くを占めており、それがバイオマスの有効利用を妨げてきた大きな理由です。Wikipediaから引用しますが、例えば、セルロースの分解には硫酸や塩酸が用いられるほか、酵素のセルラーゼが用いられる。リグニンと結合したセルロースは単独状態よりもさらに化学的に安定であるため、分解は非常に困難であり、工業的な利用を妨げている(Wikipediaより)であり、多くの研究者が過去何十年にもわたって、効果的な分解法の研究・開発を行ってきているのですが、その多くが研究の域を脱しておらず、安価な大量処理の実現にはまだまだ時間がかかるというのがこれまでの認識でした。

それを、摂氏200度、20気圧の水で処理するMACS技術により、いとも簡単に実現できると言うのですから、これが本当ならば人類にとって非常に大きな福音になります。

ですので、このMACSと言う技術の詳細を知りたいと思うのは当然のことなのですが、そこを完全にはぐらかされました。非常に残念です。

さらに、分解生成物がどういう物質なのかの質問に対しても、ただ単に分解された物質としか述べず、それが低分子化されたリグニンなのか、あるいは多糖、オリゴ糖、単糖などの糖なのか、それとも有機酸なのかも不明でした。また、窒素などの他の物質の除去方法も具体的な説明はありませんでした。

バイオマスを最大限に有効利用することによって、人類のエネルギー源を限りなくカーボンニュートラルに近い状態に持って行くとの理念は非常にすばらしく、その理念に対しては諸手を挙げて賛成しますが、このように技術やデータを隠されてしまうと少々疑問の念がわき起こったと言うのが正直な所です。

ご参考までに、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの分解は、大きく分けて

  • 物理的分解
  • 化学的分解
  • 生物的分解

の三通りの方法、およびそれらを組み合わせた方法があり、それぞれ実用化に向けた研究がなされています。

例えば京都大学の坂研究室が超臨界水を用いた分解法を研究しています。それによると

  • 微結晶セルロースを流通型超臨界水処理装置を用いて380℃、40MPa(395気圧)の条件下で超臨界水処理すると、0.12秒の処理により約75%の収率で多糖、オリゴ糖、単糖などの糖類が得られる
  • リグノセルロースは超臨界水処理(>374℃、>22.1MPa(218気圧)) により分解され、数種類の有機酸(ギ酸、酢酸、グリコール酸、乳酸、ピルビン酸)にまで分解される。

との由です。

どうもMACS技術はこの超臨界水を用いた分解法と同類の技術(ただし圧力が20気圧と臨界状態の218気圧以上に比べて約10分の1とかなり低い気圧なので超臨界状態ではない。おそらく亜臨界状態と思われる)の様ですが、UENO氏が技術の詳細を明らかにしてくれないので、残念ながら確認はできません。

化学的分解法としては、硫酸を使った加水分解法などがありますし、生物的な分解法としては、リグニン分解能を有する白色腐朽菌を用いた処理法や、2006年5月19日の読売新聞で紹介されている大成建設の取り組みなどがあります。

これらはいづれにせよ、コストダウンが最大の課題となっています。

とにかく、化石燃料への依存度を下げると言う理念には皆が賛同できますし、それを実現させようとする努力も尊いものです。ただ、それが秘密主義に走ってしまってはいけません。本物なら正々堂々と王道を行くべしです。また、UENO氏の公演中、いたずらに危機感を煽る表現の多用や自著の宣伝の繰り返しに加えて、自己矛盾を来す部分が何点か見受けられましたが、それらが彼に対する信頼を失墜させる一要因になったことは間違いないでしょう。非常に残念です。

[補遺]
東北大学未来科学技術共同研究センター阿部敬悦博士よりご教示いただいた木質系バイオマスからバイオエタノールなどのバイオ燃料を製造する工程を紹介します。

原料:木質系バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンから構成されています。セルロースは6炭糖のグルコースのβ-1,4-結合ポリマーであり、ヘミセルロースは、セルロース成分にさらに5炭糖のキシロースやアラビノースを含んだポリマーとなります。リグニンは、フェノール性のポリマー樹脂で、セルロース、ヘミセルロースの木質間を充填しています。

製造プロセスは以下の3プロセスです。

  1. 原料前処理糖化工程ー物理的(熱、臨界点、マイクロウエーブ)、化学的(酸、アルカリ)による糖液の調整→さらに木質ポリマー分解酵素のセルラーゼ、ヘミセルラーゼを組み合わせたシステムが世界的に主流になりつつある(現在は、原料前処理、酵素生産、糖化が別のプロセスになったSimultaneous saccharification and fermentation process) 。将来的には酵素生産と発酵を同時に行うConsolidated bioprocessを目指している。
  2. <この工程のコストダウンが最大の課題>

  3. 2)糖質のエタノール変換:細菌、酵母類に遺伝子組み換えを施し、エタノール生産能を増強したもの、グルコース以外の糖(ヘミセウロース由来の5炭糖ーキシロース、アラビノース等)の発酵性を増強した微生物の利用が推進されている。
  4. <5炭糖発酵能に優れた微生物育種、耐酸性(原料前処理への対応)、耐塩性(原料前処理後の中和塩への対応)、エタノール耐性育種)が課題>

  5. エタノール分離工程:通常は蒸留、場合によっては逆浸透

バイオマス・ニッポン総合戦略などの行程表によれば、2017年あたりまでに、実証プラントによる実証実用化試験を行って、それ以降に生産拡大を目指すとされています。

米国では、エネルギー省のグラントで、NOVOZYME USAが、大型の実証プラント試験を行っています。

2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食の効用

少々旧聞に属しますが、米国医学雑誌JAMA(Journal of American Medical Association)の2008年12月17日号で報告された、2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食と高穀物繊維食の効果を比較した臨床試験を紹介します(”Effect of a Low-Glycemic Index or a High-Cereal Fiber Diet on Type 2 Diabetes - Randomized Trial“, D.J.A. Jenkins et. al.)。

カナダのトロント大学のDavid J. A. Jenkins医師らが中心となり、過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされるヘモグロビンA1Cが6.5%から8.0%の範囲にある2型糖尿病患者に対して、低グリセミック指数食グループと、高穀物繊維食グループの2つのグループに無作為に分け、治療方針を評価する研究(Intention-to-treat analysis)が実施されました。2,200人のボランティアの応募者から、ヘモグロビンA1C値に加えて、年齢、性別、BMIなどを考慮して最終的に210人が選ばれ、本臨床試験に参加することになりました。本研究では、各グループの患者にに対して規定の食事を6ヶ月間続けてもらい、第1指標としてのヘモグロビンA1C、第2指標としての空腹時血糖値と心血管イベントの主要リスクファクター、およびC反応性タンパク、体重、BMIなどが4週間毎に24週間測定されました。

結果
低グリセミック指数食グループではヘモグロビンA1Cが0.5±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値が1.7±0.9mg/dL増加と言う結果が得られました(以下、±エラーはすべて95%信頼区間)。一方、高穀物繊維食グループではHbA1cは0.18±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値は0.2±0.7mg/dL減少(ただし、後者はエラーが大きく実際には有意な変化は無しと捉えるべきでしょう)と言う結果でした。

ここで注目しておきたいデータが、今回の研究の主要指標では無いのですが、近年、心血管イベントの強力なマーカーとして注目されているC反応性タンパク(C-Reactive Protein)の変化です。

炎症マーカーであるこのC反応性タンパクが、低グリセミック指数食グループでは4.6mg/Lから3.0mg/Lに減少(1.6±1.3mg/dL, 35%の減少)、高穀物繊維食グループでも4.6mg/dLから2.8mg/dLに減少(1.8+2.1-2.2mg/L, 39%の減少)と、共に減少している点です(ただし、高穀物繊維食グループではエラーが大きく有意とは言えませんが)。

まとめますと、今回の2型糖尿病患者に対しては、低グリセミック指数食の方が高穀物繊維食より効果的に、ヘモグロビンA1Cを下げ、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げると言うことです。つまり、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことです。

低グリセミック指数食は、そもそもの定義からして同じ炭水化物でも血糖値上昇の度合いが低い食事ですから、その機序からしてヘモグロビンA1Cを下げる効果があることはごく自然に理解できますが、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げる効果が見られたことは注目に値します。実は、低グリセミック指数食が、HDLコレステロール値を上げ [Brand-Miller J et.al. Diabetes Care. 2003;26(8):2261-2267], [Ford ES et.al. Arch Intern Med. 2001;161(4):572-576]、C反応性タンパクを下げる効果 [Liu S et.al. Am J Clin Nutr. 2002;75(3):492-498], [Wolever TMS et.al. Am J Clin Nutr. 2008;87(1):114-125] が見られることは以前の研究でも報告されていました。

いづれにせよ、2型糖尿病患者にとって低グリセミック指数食事により、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことは朗報であることは間違いないでしょう。

さて、ここまでが現在の医学研究において多くの研究者が行っている統計処理データだけを見て得られる結論ですが、私としてはその先を研究したいと言う気持ちがわき起こってきます。それを以下で説明します。

考察
まず、統計処理する前の一人一人の患者のデータを基に、A: 大きな変化、B: 平均に近い変化、あるいは、C: ほとんど変化の見られない患者のグループ、の3グループに分け、さらに詳細なデータ解析を行えばどのような因子がその変化の有る無しと相関関係があるかを知ることができると期待できます。そして相関関係の見つかった因子間で、因果関係を究明する研究を立案するのです。ただその際に、重要と思われる各患者の遺伝子データも取っておく必要があります。この実現の障壁になるのが、集団統計処理データに立脚しすぎてしまっている現代医学界における固定観念と、現在の技術ではまだまだ高価な遺伝子データ取得費用の2つでしょう。後者は技術的問題ですので、技術さえ進歩すれば解決できる問題ですのでここでは特に議論しませんが、前者は「集団統計処理データに始まり、集団統計処理データに終わる」との固定観念に支配されている現代医療界の心理的かつ体制的問題ですので、その打破には巨大なエネルギーが必要です。私の力は微力ですが、提言を繰り返すことによりそのエネルギーのほんの一旦だけでも担えればと思っております。

ただ単なる臨床試験に留まるのではなく、その臨床試験を、得られた結果に基づき生命現象の機序を解明するさらなる研究のきっかけとしてとらえる事により、一つの臨床試験がより実りある多くの研究に繋がる可能性があるのです。

用語解説

  • グリセミック指数
    食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖を100とした場合の相対値で表すとされる。つまりグリセミック指数が低ければ低いほど、食後の血糖値の上昇を抑えられます。

  • 低グリセミック指数食
    ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず:wheat bran)入りのライ麦の黒パン、quinoa(キノア:アンデス地方で栽培される雑穀で、他の雑穀に比べてタンパク質と不飽和脂肪酸を多く含み、糖質が少ない)、flaxseed(アマニ)、オートミール、パスタ、豆類、グリーンピース、レンズ豆、ナッツ類など
  • 高穀物繊維食
    無精白の全粒パン、全粒シリアル、玄米、皮つきのジャガイモなど
  • ヘモグロビンA1C
    HbA1c - glycated hemoglobin A1c:過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされる。HbA1cが6.5%以上の場合、糖尿病と診断する。

参考文献

iPhoneで産経新聞を読む

「産経新聞を、一面からテレビ欄まで、紙の新聞そのままのレイアウトで読むことができます」とのうたい文句でiPhoneユーザーに無料で提供されている素晴らしいアプリケーションを知って以来、毎日iPhoneでその日の産経新聞を読ませていただいております。もちろん実際に読む際には部分部分を拡大して読むことになりますが、私の様に日本を離れてアメリカに住んでいる者にとっては最高のアプリケーションです。興味のある方はiTunes Storeから「産経新聞」で検索するとすぐに見つかりますので、ダウンロードして試してみてください。

全紙面を無料で読むことができる、この素晴らしいアプリケーションを提供してくれている産経新聞に拍手!

ヒト胚性幹細胞に基づく脊髄損傷治療法に対する世界で最初の臨床試験

ヒト胚性幹細胞に基づいた治療薬・治療法を開発しているGeron社(米国カリフォルニア州Menlo Park市)が、米国Food and Drug Administration(FDA)に提出していた急性期脊髄損傷の治療候補薬GRNOPC1の臨床試験開始申請(Investigational New Drug (IND) application)に対して、本日(2009年1月23日)ゴーサインが出されました。これはヒト胚性幹細胞に基づいた治療薬・治療法(human embryonic stem cell (hESC)-based therapy )に対する世界で最初の臨床試験となります。ちなみに、この臨床試験開始申請書は、前臨床試験として実施された24の動物試験結果を含み、総ページ数はなんと21,000ページにも達する膨大なものです。

今回のゴーサインにより、Geron社が保有するヒト胚性幹細胞(hESC: human embryonic stem cells)バンクから分化・作製されたオリゴデンドロサイト前駆細胞(oligodendrocyte progenitor cells)を含むGRNOPC1を、患者の脊髄損傷を受けた部位に直接注入することにより脊髄神経機能の回復を促す治療法に対する第1相臨床試験がスタートします。まずは全米で7つの医療センターが選ばれ、そこで対象となるボランティア患者に対して臨床試験が行われます。第1相臨床試験ですので、主エンドポイント(primary endpoint)は安全性の確認ですが、副次エンドポイント(secondary endpoint)として有効性の確認もプロトコルに含まれています。

ラットを使った実験では、脊髄損傷を被った部位にGRNOPC1を注入することにより、損傷部位周辺におけるミエリンの再生および神経の成長がみられ、運動機能の回復がみられています。(Journal of Neuroscience, Vol. 25, 2005)

さらに、副作用を調べた動物実験から、以下の事が確認されています。

  • 脊髄損傷を受けたラットとマウスに対するGRNOPC1の投与後12ヶ月間に奇形種(teratoma)形成が無い
  • 脊髄外への注入細胞の浸潤が少ない
  • 神経障害性の痛みを誘発しない
  • 全身毒性(systemic toxicity)が無い
  • 死亡率を上げない

また、GRNOPC1は試験管レベルの実験で自己血清、NK細胞、T細胞に認識されない、つまり拒絶反応が少ないことが解っており、免疫抑制剤の使用を最低限に抑えることが可能になっています。(Journal of Neuroimmunology, Vol. 192, 2007)

今回のFDAの決定を受けて、Geron社のCEOであるThomas Okarma博士は以下のような声明を発表しています。

“The FDA’s clearance of our GRNOPC1 IND is one of Geron’s most significant accomplishments to date,” said Thomas Okarma, Ph.D., M.D., Geron’s president and CEO. “This marks the beginning of what is potentially a new chapter in medical therapeutics - one that reaches beyond pills to a new level of healing: the restoration of organ and tissue function achieved by the injection of healthy replacement cells. The ultimate goal for the use of GRNOPC1 is to achieve restoration of spinal cord function by the injection of hESC-derived oligodendrocyte progenitor cells directly into the lesion site of the patient’s injured spinal cord.”

「一度損傷を受けた成人哺乳類の中枢神経系は再生しない(Cajal 1921)」と長年言われてきましたが、いよいよ神経再生治療が現実のものとなってきました。Geron社を支援しているChristopher & Dana Reeve Foundationの創設者でもある故Crhistopher Reeve氏(映画Supermanの主人公:落馬事故で脊髄損傷を受け完全四肢麻痺であった)の願いが叶う日もそう遠くはないかもしれません。ただし現在のところ、本治療法の適用を受けるのは脊髄損傷後7-14日間の患者に限られています。

日本でも慶応大学医学部の岡野栄之教授が率いる脊髄損傷グループ実験動物中央研究所と共同で、神経幹細胞を使った脊髄損傷治療法の開発を行っています。これまでは有効な治療法の無かった脊髄損傷に対して、世界中の医学研究グループが切磋琢磨し、効果が高く副作用の少ない治療法が確立され、一人でも多くの患者が救われる日が一日も早く来ることを祈念します。

参考文献

理想の医師像(あるいは、理想の医療)

生命科学・医学研究、臨床試験などの情報量が増大の一歩を辿り、ますます細分化・専門化しつつある医学・医療界の趨勢に鑑みて、「本当にこれで患者は幸せになれるのか?」との疑問が日々強くなってきています。

そこで、私が考える理想の医師(差し支えなければこの「医師」を一人の医師では無く、有機的な協力の出来る医療チームと読み替えてもらっても構いません)像とそれをサポートするシステムを提案してみようと思います。

理想の医師の条件:以下の8つの条件を全て満たす

  1. 人間に関する分子レベルから身体レベルまでのミクロからマクロにわたる生命科学・医学分野に網羅的に精通
  2. 分野を問わず、過去から現在までの臨床研究や基礎医学研究成果に網羅的に精通
  3. 2の各研究成果の意義・価値判定能力
  4. 検査・診断・治療用のあらゆる医療システムに網羅的に精通
  5. 患者のゲノム情報、遺伝子発現情報、生理活性状態、腸内細菌状態、生活習慣、生活環境、精神状態、家族関係、社会関係、価値観などの患者固有の情報を網羅的に把握(真の個人最適化医療:personalized medicine)
  6. 上記1、2、3、4、5の網羅的情報を基に、総合的観点から目の前の患者に最適の検査法、治療法、予防法を選択
  7. 6で選択された治療法・予防法を的確に実施し完遂させ、患者(病気ではなく)を治療、あるいは病気を未然に防ぐ能力
  8. 人間として常に目の前の患者によりそえる全人格的態度

もし実際にこれらの8つの条件を全て満たせば、果たしてその医師は本当に理想の医師と言えるでしょうか?これをまずは世に問いたいと思います。

さて、もしこの様な医師が理論上(in principle)理想だと仮定した場合、次に問題になるのが現実の世界(in practice)で「果たしてこれは実現可能なのか?」ということです。しかしながら、実際に上記8つの条件を全て満たす事は有限の能力しか持ち得ない人間だけでは実現不可能であることは、論を待たないでしょう。

そこで提案したいのは、「医師が、生身の人間としての医師でなければ出来ないことにのみ集中できる」ような総合医療サポートシステム(Comprehensive Medical Support System: CMSS)の構築です。

つまり、上記1から6までの条件で、膨大で多岐にわたる生命科学および医学の知見やデータの取り扱い、処理、検索、分析などの部分を、可能な限りコンピュータ、ロボット、人工知能などのITで肩代わりさせることにより、医師が7と8に集中できるようサポートするシステムです。ただし、このシステムはただ単に電子カルテや細分化されたBioinformaticsなどのいわば単独単純なITではなく、いわば1から6までを総合的かつ網羅的に実現しうるソフトウェアとハードウェアに、各医師の能力や癖までを把握しうる高度なアルゴリズムと、効果的なマン・マシーン・インターフェースを組み込んだ総合システムです。

このようなシステムを構築できれば、医師あるいは医療チームは、本来人間としての医師あるいは医療チームが取り組むべき医療行為のみに専心できるのではないでしょうか。

ただし、1と2の中でも要となる知識だけはこれまで通り自分のものにしておく必要がありますし、3と6の判断が入るプロセスにおいては、このシステムはあくまでも医師の最終判断をサポートする補助的役割を果たすに留めておくべきでしょう。

そして最も重要なのが、このCMSSシステムが患者にとって最善の結果をもたらすように設計され使用されることです(患者のために:patient centered)。

無料オンライン辞書Wikipediaへの寄付が目標額の600万ドルに達する

「Imagine a world in which every single person on the planet is given free access to the sum of all human knowledge(地球上の誰もが自由にアクセスできる、全ての人類の知識の集合)」と言う高邁な理念の基に、ジミー・ウェールズ氏が創設したWikipediaウィキペディア)への今年度の寄付が、2008年1月に今年度の目標額の600万ドルに達しました [ジミー・ウェールズからの感謝の言葉]。これは世界中から12万5千人以上の個人寄付者と、いつくかの大口の寄付によって実現しました。ささやかながら私も投稿者・寄付者として参加しています。

この「全ての人類の知識の集合」とは何と素晴らしい理念でしょうか。それも全てが無料でアクセスできます。その理念を実現させつつあるジミー・ウェールズ氏は本当に尊敬すべき人物です。

また、オンライン辞書としてのWikipediaだけではなく、無料オンライン教科書であるWikibooksも徐々に役に立つ機会が増えてきました。ただし、こちらのWikibooksはまだまだ発展途上ですが、これからの拡充が期待されます。

このWikipediaは私も日頃からお世話になっているだけに本当にうれしく思います。

Wikipedia Affiliate Button

主観的認識を客観的に観測 ー 人・コンピュータインターフェース

脳神経科学の権威ある学術雑誌Neuron誌の2008年12月11日号に、visual cortex(視覚野)の活動をMRIで観測することにより実際にどのような画像を認識しているかを客観的に観測する方法を使った、非常に興味深い実験が報告されていました。(Y. Miyawaki, et. al., “Visual Image Reconstruction from Human Brain Activity using a Combination of Multiscale Local Image Decoders”, Neuron 60, 915–929, December 11, 2008; DOI 10.1016/j.neuron.2008.11.004、またScribdのサイトで全文が読めます)

この報告は、国際電気通信基礎技術研究所・認知神経科学研究室の宮脇陽一氏らのチームが開発した測定・解析方法に基づいて行われた実験報告で、特定の図柄や文字を見せたときの脳の視覚野の反応をfMRI(functional magnetic resonance imaging:機能的磁気共鳴画像法)により測定し、測定されたfMRI画像を再構成アルゴリズムによって解析し、実際に見ている画像をコンピュータ上に再構成する事に成功したとの報告です。

四角、十字、ペケなどの図形の再構成はもとより、「n」「e」「u」「r」「o」「n」と言う文字を見せた際に、ある程度の精度で実際に「「n」「e」「u」「r」「o」「n」と再構成されている例が報告されており、これは驚きでした(参照:NewScientistの記事)。さらには、実際の画像再構成を時間的に追ったビデオがYouTubeにアップされています。

彼らの再構成アルゴリズムの要点の一つにModular Decoding(モジュール解読法)があります。簡単に言うと、複雑な視覚認識情報を、測定単位での各知覚パターンにモジュール化し、その各モジュールを予め最適化させた重み係数を使って線形に足し合わせ、最終的に総体としての視覚認識情報を再構成すると言う方法です。これは典型的な要素還元論的方法ですが、複雑なプロセスを要素に分解してそれを足し併せて再構成するというこのアルゴリズムは、種々の分野での応用には事欠かないでしょう。また、ここで彼らの再構成アルゴリズムでは線形性を仮定していますが、著者達もしっかりと指摘している様に実際の脳内活動は非線形ですからその点を改良する必要があるでしょう。しかしながら、線形性を仮定したいわば初期段階のアルゴリズムでもこれほどの結果を出せるのですから、このモジュール解読法の今後の発展が楽しみです。

著者達も指摘しているように興味深い応用例としては、ただ単に意識上で図形や文字を想起しただけでも同じように再構成できるかどうかと言う実験があります。もしこれが可能になれば、将来、例えば何らかの疾患で話せなかったり上半身を動かせない人が、自分の意識を表すことも可能になります。さらには、現時点では自分の考えを話したり文字で書いたりしなければ、それらを他者が分かるように表す方法はありませんが、もしただ単に頭で想起するだけで自分の考えを表現できる様になれば、人間の知的活動の可能性が飛躍的に拡大すると期待されます。想起する速度は、実際にそれを言葉に発したり書いたりする速度よりも遙かに早いですから。ただし、いつもMRIの中に入って生活することはできませんから、MRIと同等の機能を持つ超小型測定装置が必要になりますが、技術的課題さえ克服されればこの様な夢のような話も実現すると期待しても良いのではないでしょうか。

「原理的に可能なことは実現する」、言い換えれば「およそ人間に想像できることであれば、物理法則に反しない限り、どれほど技術的に困難であっても何れは実現する」これが私の信念です。そしてなによりも重要なのがそれを人間の幸せに繋がるように応用することが必須です。

しかしながら、自分の頭の中が他者に筒抜けになってしまうのは困りものですし、逆に外部からのインプットによりマインド・コントロールされるような事になるのだけは防がねばなりません。

なお、本研究に対して、理論物理学者であるMichio Kaku氏の興味深いテレビインタビューがYou Tubeにアップされています。