Archive for 30th March 2010

「理科系の作文技術」木下 是雄

正確、的確であり、かつ読みやすい文章を書くためのエッセンスが詰まっています。

水が低きに流れるがごとく自然な論理の流れにしたがって文章を構築していくことの重要性が説かれているのですが、それは、ただ単に文章を書くという行為だけに留まりません。本質は、いかにして相手に自分の思うところを的確に伝えるかという点にあるのです。それゆえ、本書は単なる作文技術の本を超越しています。理科系と銘打っていますが、まさに万人向けです。

1981年の発行ですが、本書の価値は今でも古びていません。本物は永続する良い例です。まさに永遠の名著です。

「世界は分けてもわからない」福岡 伸一

生物学者である著者は主張します。「生命現象の本質は、物質的な基盤にあるのではなく、そこでやりとりされるエネルギーと情報がもらたす効果にこそある」「生命現象は可塑的であり、絶え間のない動的平衡にある」と。そして、「世界は分けないことにはわからない。しかし分けてもほんとうにわかったことにはならない」と。著者は、ここに現代の生物学・医学の成功と限界をみます。

本書はとある絵の逸話から話が始まります。それは、15世紀後半のイタリアの画家ヴィットーレ・カルパッチョの手になる二つの絵です。イタリアとアメリカの美術館で別々に所蔵されているその二つの絵は、もともとは一つの絵を二つに切り離した作品であり、片方の絵のみをどれだけ熟視したとしても、他方の絵の内容や構図を想像するは不可能なのです。この話から、部分をどれだけ詳細にしらべても全体はわからない、つまり、「世界は分けてもわからない」という本書のタイトルに結びつく主張がなされます。

この主題を要として、「視線を感じるということ」「コンビニのサンドイッチが長持ちする理由」「ES細胞とガン細胞」「膵臓の働き」「空耳、空目(そらめ)」などの生命現象の具体例において、著者の思うところが述べられます。

さて、本書に読み終えた後に、二点、覚えておきたい箇所がありました。

まず「消化」に関してです。消化のほんとうの意義は、単に食物を分解して吸収しやすい形にすることにではなく、「前の持ち主の情報を解体すること」にあります。食物タンパクは、もともと他の生物体の一部であったので、元の持ち主固有の情報がアミノ酸配列に記録されているために、取り込んださいに異物として拒絶されないようにするには、それを元の持ち主固有の情報をもたないアミノ酸にまで分解する必要があるのです。これが本当の「消化」の意義なのですね。

第二に「食品保存料」に関してです。食品保存料として一般に使われているソルビン酸は水溶性であり、ヒトに対するその毒性は同じ哺乳類であるラットなどと同等であると考えられます。これら二種類の動物における代謝や解毒の仕組みがほぼ同じであるからです。しかし、人間の消化管には約120兆から180兆個もの腸内細菌が共生していると推定されています。細菌に対する毒性を持つソルビン酸などの食品保存料が、たとえラットでは毒性が無い、人間の細胞には直性的には毒性が無いからと言って、腸内細菌をも含む人間総体として捉えた場合にも毒性が無いかどうかは未知なのです。そういう意味では、できる限り食品保存料の摂取は減らすのが賢明でしょう。

以上述べた箇所も含めて、本書の前半の三分の二は主題に沿った話題で占められていますが、後半の三分の一では、本書の主題からは少し離れた話題に話しがおよびます。それは、生体におけるエネルギー代謝の解明で一家を成した学者エフレイム・ラッカーと、「天才」学生マーク・スペクターの共同研究における逸話です。ここでは、研究における熾烈な競争や倫理問題が絡んできており、確かに一気呵成に読ませるのですが、いかんせん本書の主題とは直接は関係しませんので、別な著書に収めた方がよかったように思います。

さて、現在の人類は、いまだに生命を全体として理解するまでには至っていません。もちろんシステムズ生物学などの野心的な試みはなされていますが、本当に生命を理解するにはいくつもの大きな壁を乗り越える必要があります。それゆえ、世界は分けてもわからないとわかってはいても、分けるしかないのです。著者もその「矛盾」を重々承知しながら日々の研究を行っているのでしょう。

同じ著者による「生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)」もお勧めです。