Archive for the ‘提言’ Category.

非線形の複雑系である生体

非線形の複雑系である生体は:

  • 微少な初期条件の違いが結果に大きな違いをもたらすこともあれば、逆に初期条件がかなり異なっても結果が安定していることもある
  • 修復機能やフィードバック機能を持つ
  • 生命の特徴としてのダイナミックな恒常性を持つ、つまり、恒常性は維持しているが、常に外界との相互作用により外界から負のエントロピーとしての高価値のエネルギーを取得し、生体の秩序を保っている

単純にこの認識に立てば、高価値のエネルギーをたくさん取得(つまり過食)すればするほど有利であるが、現実はそうではなく、糖尿病や心疾患(血管内壁損傷)の増加をもたらしている。つまりある値以上の高価値のエネルギーを取得しても、それは生体に取って有利には働かず、逆に恒常性を破壊することになっている。どうすればこれを定式化できるか?健康を維持するための最適の食事法の確立は可能か?

方法論に関する雑感

要素還元的方法論に立脚して、

  • 生体の状態を記述するparametersを測定する
  • 各parameter間の相関を網羅的に見る(parameter間のあらゆる組み合わせを走査する)
  • 相関の見つかったparameter間の因果関係を解明する(機序の解明)

生体は非線形の複雑系であるため、各要素の単純な足し上げでは理解できないが、結果には必ず原因がある。生体がなんらかの反応をする背景には、それをもたらす機序がある。例えば、高LDLコレステロールの人の集団では、心疾患の発症率が高い(つまりこの2者間には相関がある)。次にその因果関係を解明する。例えば、LDLコレステロールが実際に動脈硬化をもたらす機序を解明する。と同時にLDLコレステロールが他の細胞や臓器系に及ぼす影響も解明する必要がある。

Science for All Americans: Project 2061

The American Association for the Advancement of Science(アメリカ科学振興協会:Science誌の発行元でもあります)発行の「Science for All Americans」は、普遍的に科学教育の重要性を謳っているすばらしい文書です。その英語も格調高く素晴らしい。

その中から心に留めるべき言葉を以下で抜粋してみます。

Science, energetically pursued, can provide humanity with the knowledge of the biophysical environment and of social behavior needed to develop effective solutions to its global and local problems; without that knowledge, progress toward a safe world will be unnecessarily handicapped. … science fosters the kind of intelligent respect for nature that should inform decisions on the uses of technology … [Reference: Science for All Americans]

特にこの最後のセンテンスの「科学は、自然に対する知性に裏打ちされた畏敬の念を育み、技術をいかに使うべきかという指針を与える」はまさにその通りで、全人類が心すべき認識です。日本では「科学技術」と言うように科学と技術を一体とみなす考え方が、教育者や国の方針を決める人たちの間でもまかり通っていますが、それが大きな混乱の元凶の一つとなっています。「科学」と「技術」は峻別すべし。

実は私が立ち上げたScience and Humanity Innovation Centerの名前は、この文書から受けた感動が原点になっています。

科学は技術ではないーその2

科学とは、宇宙の妙なる調和を紐解こうとする人類の文化的活動
技術とは、科学の知見を基に人間が自然に働きかける術
数学とは、宇宙の妙なる調和を表現する宇宙共通言語

何を愚かなことを考えているのか京大?「京大が学内“環境税”、50部局で徴収、省エネ推進」

本日付の日本経済新聞の記事なのですが、光熱費などエネルギー消費量に応じて学部や大学院研究科、研究所などに対して“環境税”の賦課金を徴収するとのことです。この記事を読む限りは全機関一律に課金される様です。もしそうなら一体京大はなにを愚かな事を考えているのでしょうか。確かに無駄に光熱費を使っている研究室もあるでしょうが、その一方で光熱費が必須の研究室もあるのです。それを無視して十把一絡げに“環境税”を課金するとはもっての他です。そんな非本質的なところで研究の足を引っ張るのは即刻止めなさい。

日経BPネットの森永 卓郎氏のコラム『「日本は没落した」はハゲタカの言葉』へのコメント

私は1988年以降アメリカはシリコンバレーに在住していますが、実際にシリコンバレーで生活していると実生活感覚的に現在1ドル70円が妥当ではないかと思います。

もっとも極端なガソリンを例に挙げれば、私が渡米した20年前、米国のガソリンは1ガロン当たり約1ドル、それが20年後の今では約3.5ドルです。つまり20年で3.5倍になっているのです。一方、同じ期間の日本のガソリン価格の増加率はたったの約1.5倍ですね。これはもっとも極端な例であり、石油会社の思惑や価格設定が大きく左右していますが、それ以外にもアパート代は20年前の2倍強、不動産価格にいたっては優に3倍強に跳ね上がっています。外食費用も約2倍強ですね。

という訳で、私も手持ち資金さえあれば相当な割安感のある日本企業(技術的に世界を先導している企業)の株を買うことでしょう。

科学は技術ではない

日本人は往々にして「科学=技術」の様に科学と技術を混同したり、「科学技術」の様に科学と技術を一体化させてしまうという誤謬を犯しています。 一方、英米人は「science and technology」と言う表現をよく使いますが、この場合「science」と「technology」とは「and」で峻別されています。決して「science technology」と言う表現は使いません。 科学とは「自然が内包する真理を紐解いて人間が理解できる言葉で法則として書き記した知的活動」であり、技術とは「科学法則(あるいは経験則)に基づいて人間が能動的に現実の世界に作用しうる手段」です。

私はこのように「科学」と「技術」を明確に定義しそれを教育の初期段階において皆で共有することを提案します。例えば小学校から繰り返し徹底してこの概念を教えるべきです。 この定義に従えば、自然の真理を単に記述している科学に対して「善」である、あるいは「悪」であると表現することにはそもそも意味がありません。 一方、技術というものは「人間が能動的に現実の世界に作用しうる手段」ですから、それが害を及ぼすものであれば「悪」と言えますし、益を及ぼすものであれば「善」と言えます。 分かりやすい実例としては、アインシュタインが自然の真理を紐解いて導き出した「E=mc^2」と言うエネルギーと質量の等価法則自体は「善」でも「悪」でも無いが、その法則を現実の世界で実用化した「原子爆弾」は「悪」であり、「原子力発電」は「善」であると言うことがあげられます。この実例なら皆さんも私の意図するところがよく分かっていただけると思います。ただし、この「善」と「悪」の判断はあくまでも倫理的で相対的なものであって、絶対的なものでないことは認識しておくべきです。

そもそも何故このような話をしたのかと言うと、日本では特に基礎科学研究に対して「そんな役に立つかどうか分からない研究をしても意味がない、税金の無駄遣いだ」などの批判をよく聞きますが、それに対して異を唱えたいのです。つまり「科学」と言う知的活動自体に意味があり、科学者は堂々と「我々は自然が内包する真理を紐解いて人間が理解できる言葉で法則として書き記す努力をしています。この努力から得られる自然の真理に対する知見に基づいた技術が、将来益を生み出すかどうかはひとえに技術者達の努力にかかっています。この事実を理解した上で我々科学者の努力に賛同してくださる方、ご支援をよろしくお願いします」の述べればよいのです。それに人々が賛同できないなら残念ながら科学活動は不可能です。

誤解を恐れずに言えば、科学者のみが自然が内包する真理を紐解く事ができるのです。否、より正確に言えば、自然が内包する真理を紐解く事のできる人はすべからく科学者です。

製薬業界の成長期待と医療費削減要求の狭間で – 21世紀のあるべき医療 –

大手コンサルティング会社であるPricewaterhouseCoopers社*の概算によると、平均寿命の延び、高齢化社会、肥満の増加、各国民の収入の増加、地球温暖化**などに伴い、2020年には世界の薬の総売上額が現在の5,200億ドルの2倍以上の1.3兆ドルに達すると予想されています。

製薬業界にとっては受け入れやすいこの成長予想は、翻って医療を受ける国民にとっては単純に考えると薬代が2倍以上になると言うことであり、素直には受け入れ難いものと思われます。もちろん医療には薬だけではなく種々の要素が複雑に絡み合っていますから、単純に薬代が2倍以上になるわけではないですが、製薬業界のこの様な右肩上がりの報告を読む度に疑問がわき上がって来ます。その釈明と言うわけではないのですが、同社のスポークスマンであるFarino氏は、より効果的な薬が開発され、より効果的に病気の予防・治療をすることができれば、たとえそれが高価であっても、実際に症状が悪化した後に施される治療に対する医療費よりも結果として低く抑えることが出来るであろうと述べています。これは、開発された薬が本当に有効であることが前提になります。彼の言葉を実現させるには、製薬企業が真に各個人に最適化され効果的な新薬を開発し、それを最適の投与法で各個人に投与し、一般市場に出回った後もその効果をしっかりとモニターしながら確認することが必要になります。次にその実現に向けての最近の動きを紹介したいと思います。

ポストゲノムのこの21世紀において、我々人類はそのための技術を確立しつつあります。遺伝子に対するゲノミクス(genomics)、RNAに対するトランスクリプトミクス(transcriptomics)、タンパクに対するプロテオミクス(proteomics)、代謝に対するメタボロミクス(metabolomics)などの分野を有機的に統合するのです。いわゆるシステム生物学(Systems Biology)がその統合方法を提供する最有力候補です。その統合技術を基に、各個人のゲノムの情報を出発点とし、各個人の遺伝子の発現度・活性度、体内での種々のタンパクの実際の働き、環境との相互作用などの生体反応に影響を及ぼしうる全ての情報を加味した上で、最適の治療法が施されるような医療、さらに進んでは病気になる前に未然に前病段階を察知し未然に病気を防ぐことが出来るようになるのが医療の理想の形ではないでしょうか。それは同時に、現在大手を振ってまかり通っている杜撰な統計処理に基づいた十把一絡げEBM医療(Evidence Based Medicine)を超越し、各個人に最適化された医療(Personalized Medicine)でもあります。今世紀半ばには、それは必ず実現すると信じています。

20世紀初頭からの物理学の世界における相対論と量子論の発展により、物理学を基盤とする科学、さらにはその科学知見の現実世界への応用としての技術が爆発的に発展し世界を大きく変えたように、21世紀に於いては生命科学が爆発的に発展し人類の健康に大きく貢献することを心から期待しています。人類の叡智を結集すれば決して夢物語では無いと思います。

[脚注]
*世界149ヶ国に14万人の従業員を持つ有数のコンサルティング会社
**地球温暖化により感染症が増加すると仮定

文系と理系を分けることの愚

日本では、往々にして 「私は数学が苦手なので文系に進む」 「私は数字に強いので理系に進む」 などと言う全く本質的でない理由で進路を決める人が多い上に、学校の教師もそれを勧めることが多いという、本末転倒も甚だしい風潮がありますが、その愚をなんとか正したいと思っています。

そもそも文系、理系などと分ける必要もありません。 特に科学は自然を記述する哲学であり、もっとも文化的な営みの一つです。

「現代生物学の基本原理15講」を著した大瀧丈二氏がいみじくも述べたように、哲学の無い科学者は単なる「科学産業従事者」です。

テストで良い点を取るためのテクニックと記憶力を磨くことにのみ汲々としている現在の日本の教育制度(いいかえれば受験制度)を根本から変革する必要があります。

アメリカでは、小学生からBrain Teasers(いわゆる頭の体操)を教材で使って、論理的思考能力の訓練を積んでいます。また、論理的思考に基づいて議論する訓練もたくさん受けます。

その結果、日米の成人の発揮する能力の方向性の違いは歴然で、その結果の国家運営における取り組みの差も歴然です。現在の日本の様な教育方針を続ける限り、規則に従った仕事には優秀な能力を発揮するが、創造力が無く頑迷な官僚型人間を山のように排出するだけです。

今のところ、「早くその愚に気がつけ」と私は微力ながら主張し続けるしかありませんが、考えを一にする人は必ず他にもいると信じて頑張っています。

文部科学省リーディングプロジェクト「細胞・生体機能シミュレーション」

文部科学省リーディングプロジェクト「細胞・生体機能シミュレーション」は、将来の医学研究に大きな影響を及ぼすと思われる興味深いプロジェクトです。

本プロジェクトに基づいた研究開発への波及効果として

  • 論理的実験仮説の構築による実験効率化
  • 網羅的生命情報の効率的処理
  • 薬剤開発における前臨床試験の短縮とコスト節減
  • 安全性試験における動物実験数の削減

医療への波及効果としては、

  • 実際の患者では不可能な仮想治療予測
  • 個人の臓器画像情報(CT、血管造影)に基づく個別治療シミュレーションの医療応用
  • 薬剤反応性の個別臨床データに基づく治療最適化シミュレーションの応用(抗糖尿病薬、気管支拡張剤、抗血小板薬)
  • 実際の患者では不可能な仮想治療予測

等があげられています。

物理の世界においては当たり前のシミュレーションが、バイオ医学の世界でもようやく注目されるようになってきました。素晴らしいことです。

まだまだこれから長く精力的な研究が必要でしょうが、非常に注目に値すべき分野です。