Archive for the ‘科学的全人医療システム’ Category.

2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食の効用

少々旧聞に属しますが、米国医学雑誌JAMA(Journal of American Medical Association)の2008年12月17日号で報告された、2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食と高穀物繊維食の効果を比較した臨床試験を紹介します(”Effect of a Low-Glycemic Index or a High-Cereal Fiber Diet on Type 2 Diabetes – Randomized Trial“, D.J.A. Jenkins et. al.)。

カナダのトロント大学のDavid J. A. Jenkins医師らが中心となり、過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされるヘモグロビンA1Cが6.5%から8.0%の範囲にある2型糖尿病患者に対して、低グリセミック指数食グループと、高穀物繊維食グループの2つのグループに無作為に分け、治療方針を評価する研究(Intention-to-treat analysis)が実施されました。2,200人のボランティアの応募者から、ヘモグロビンA1C値に加えて、年齢、性別、BMIなどを考慮して最終的に210人が選ばれ、本臨床試験に参加することになりました。本研究では、各グループの患者にに対して規定の食事を6ヶ月間続けてもらい、第1指標としてのヘモグロビンA1C、第2指標としての空腹時血糖値と心血管イベントの主要リスクファクター、およびC反応性タンパク、体重、BMIなどが4週間毎に24週間測定されました。

結果
低グリセミック指数食グループではヘモグロビンA1Cが0.5±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値が1.7±0.9mg/dL増加と言う結果が得られました(以下、±エラーはすべて95%信頼区間)。一方、高穀物繊維食グループではHbA1cは0.18±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値は0.2±0.7mg/dL減少(ただし、後者はエラーが大きく実際には有意な変化は無しと捉えるべきでしょう)と言う結果でした。

ここで注目しておきたいデータが、今回の研究の主要指標では無いのですが、近年、心血管イベントの強力なマーカーとして注目されているC反応性タンパク(C-Reactive Protein)の変化です。

炎症マーカーであるこのC反応性タンパクが、低グリセミック指数食グループでは4.6mg/Lから3.0mg/Lに減少(1.6±1.3mg/dL, 35%の減少)、高穀物繊維食グループでも4.6mg/dLから2.8mg/dLに減少(1.8+2.1-2.2mg/L, 39%の減少)と、共に減少している点です(ただし、高穀物繊維食グループではエラーが大きく有意とは言えませんが)。

まとめますと、今回の2型糖尿病患者に対しては、低グリセミック指数食の方が高穀物繊維食より効果的に、ヘモグロビンA1Cを下げ、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げると言うことです。つまり、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことです。

低グリセミック指数食は、そもそもの定義からして同じ炭水化物でも血糖値上昇の度合いが低い食事ですから、その機序からしてヘモグロビンA1Cを下げる効果があることはごく自然に理解できますが、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げる効果が見られたことは注目に値します。実は、低グリセミック指数食が、HDLコレステロール値を上げ [Brand-Miller J et.al. Diabetes Care. 2003;26(8):2261-2267], [Ford ES et.al. Arch Intern Med. 2001;161(4):572-576]、C反応性タンパクを下げる効果 [Liu S et.al. Am J Clin Nutr. 2002;75(3):492-498], [Wolever TMS et.al. Am J Clin Nutr. 2008;87(1):114-125] が見られることは以前の研究でも報告されていました。

いづれにせよ、2型糖尿病患者にとって低グリセミック指数食事により、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことは朗報であることは間違いないでしょう。

さて、ここまでが現在の医学研究において多くの研究者が行っている統計処理データだけを見て得られる結論ですが、私としてはその先を研究したいと言う気持ちがわき起こってきます。それを以下で説明します。

考察
まず、統計処理する前の一人一人の患者のデータを基に、A: 大きな変化、B: 平均に近い変化、あるいは、C: ほとんど変化の見られない患者のグループ、の3グループに分け、さらに詳細なデータ解析を行えばどのような因子がその変化の有る無しと相関関係があるかを知ることができると期待できます。そして相関関係の見つかった因子間で、因果関係を究明する研究を立案するのです。ただその際に、重要と思われる各患者の遺伝子データも取っておく必要があります。この実現の障壁になるのが、集団統計処理データに立脚しすぎてしまっている現代医学界における固定観念と、現在の技術ではまだまだ高価な遺伝子データ取得費用の2つでしょう。後者は技術的問題ですので、技術さえ進歩すれば解決できる問題ですのでここでは特に議論しませんが、前者は「集団統計処理データに始まり、集団統計処理データに終わる」との固定観念に支配されている現代医療界の心理的かつ体制的問題ですので、その打破には巨大なエネルギーが必要です。私の力は微力ですが、提言を繰り返すことによりそのエネルギーのほんの一旦だけでも担えればと思っております。

ただ単なる臨床試験に留まるのではなく、その臨床試験を、得られた結果に基づき生命現象の機序を解明するさらなる研究のきっかけとしてとらえる事により、一つの臨床試験がより実りある多くの研究に繋がる可能性があるのです。

用語解説

  • グリセミック指数
    食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖を100とした場合の相対値で表すとされる。つまりグリセミック指数が低ければ低いほど、食後の血糖値の上昇を抑えられます。

  • 低グリセミック指数食
    ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず:wheat bran)入りのライ麦の黒パン、quinoa(キノア:アンデス地方で栽培される雑穀で、他の雑穀に比べてタンパク質と不飽和脂肪酸を多く含み、糖質が少ない)、flaxseed(アマニ)、オートミール、パスタ、豆類、グリーンピース、レンズ豆、ナッツ類など
  • 高穀物繊維食
    無精白の全粒パン、全粒シリアル、玄米、皮つきのジャガイモなど
  • ヘモグロビンA1C
    HbA1c – glycated hemoglobin A1c:過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされる。HbA1cが6.5%以上の場合、糖尿病と診断する。

参考文献

理想の医師像(あるいは、理想の医療)

生命科学・医学研究、臨床試験などの情報量が増大の一歩を辿り、ますます細分化・専門化しつつある医学・医療界の趨勢に鑑みて、「本当にこれで患者は幸せになれるのか?」との疑問が日々強くなってきています。

そこで、私が考える理想の医師(差し支えなければこの「医師」を一人の医師では無く、有機的な協力の出来る医療チームと読み替えてもらっても構いません)像とそれをサポートするシステムを提案してみようと思います。

理想の医師の条件:以下の8つの条件を全て満たす

  1. 人間に関する分子レベルから身体レベルまでのミクロからマクロにわたる生命科学・医学分野に網羅的に精通
  2. 分野を問わず、過去から現在までの臨床研究や基礎医学研究成果に網羅的に精通
  3. 2の各研究成果の意義・価値判定能力
  4. 検査・診断・治療用のあらゆる医療システムに網羅的に精通
  5. 患者のゲノム情報、遺伝子発現情報、生理活性状態、腸内細菌状態、生活習慣、生活環境、精神状態、家族関係、社会関係、価値観などの患者固有の情報を網羅的に把握(真の個人最適化医療:personalized medicine)
  6. 上記1、2、3、4、5の網羅的情報を基に、総合的観点から目の前の患者に最適の検査法、治療法、予防法を選択
  7. 6で選択された治療法・予防法を的確に実施し完遂させ、患者(病気ではなく)を治療、あるいは病気を未然に防ぐ能力
  8. 人間として常に目の前の患者によりそえる全人格的態度

もし実際にこれらの8つの条件を全て満たせば、果たしてその医師は本当に理想の医師と言えるでしょうか?これをまずは世に問いたいと思います。

さて、もしこの様な医師が理論上(in principle)理想だと仮定した場合、次に問題になるのが現実の世界(in practice)で「果たしてこれは実現可能なのか?」ということです。しかしながら、実際に上記8つの条件を全て満たす事は有限の能力しか持ち得ない人間だけでは実現不可能であることは、論を待たないでしょう。

そこで提案したいのは、「医師が、生身の人間としての医師でなければ出来ないことにのみ集中できる」ような総合医療サポートシステム(Comprehensive Medical Support System: CMSS)の構築です。

つまり、上記1から6までの条件で、膨大で多岐にわたる生命科学および医学の知見やデータの取り扱い、処理、検索、分析などの部分を、可能な限りコンピュータ、ロボット、人工知能などのITで肩代わりさせることにより、医師が7と8に集中できるようサポートするシステムです。ただし、このシステムはただ単に電子カルテや細分化されたBioinformaticsなどのいわば単独単純なITではなく、いわば1から6までを総合的かつ網羅的に実現しうるソフトウェアとハードウェアに、各医師の能力や癖までを把握しうる高度なアルゴリズムと、効果的なマン・マシーン・インターフェースを組み込んだ総合システムです。

このようなシステムを構築できれば、医師あるいは医療チームは、本来人間としての医師あるいは医療チームが取り組むべき医療行為のみに専心できるのではないでしょうか。

ただし、1と2の中でも要となる知識だけはこれまで通り自分のものにしておく必要がありますし、3と6の判断が入るプロセスにおいては、このシステムはあくまでも医師の最終判断をサポートする補助的役割を果たすに留めておくべきでしょう。

そして最も重要なのが、このCMSSシステムが患者にとって最善の結果をもたらすように設計され使用されることです(患者のために:patient centered)。

主観的認識を客観的に観測 ー 人・コンピュータインターフェース

脳神経科学の権威ある学術雑誌Neuron誌の2008年12月11日号に、visual cortex(視覚野)の活動をMRIで観測することにより実際にどのような画像を認識しているかを客観的に観測する方法を使った、非常に興味深い実験が報告されていました。(Y. Miyawaki, et. al., “Visual Image Reconstruction from Human Brain Activity using a Combination of Multiscale Local Image Decoders”, Neuron 60, 915–929, December 11, 2008; DOI 10.1016/j.neuron.2008.11.004、またScribdのサイトで全文が読めます)

この報告は、国際電気通信基礎技術研究所・認知神経科学研究室の宮脇陽一氏らのチームが開発した測定・解析方法に基づいて行われた実験報告で、特定の図柄や文字を見せたときの脳の視覚野の反応をfMRI(functional magnetic resonance imaging:機能的磁気共鳴画像法)により測定し、測定されたfMRI画像を再構成アルゴリズムによって解析し、実際に見ている画像をコンピュータ上に再構成する事に成功したとの報告です。

四角、十字、ペケなどの図形の再構成はもとより、「n」「e」「u」「r」「o」「n」と言う文字を見せた際に、ある程度の精度で実際に「「n」「e」「u」「r」「o」「n」と再構成されている例が報告されており、これは驚きでした(参照:NewScientistの記事)。さらには、実際の画像再構成を時間的に追ったビデオがYouTubeにアップされています。

彼らの再構成アルゴリズムの要点の一つにModular Decoding(モジュール解読法)があります。簡単に言うと、複雑な視覚認識情報を、測定単位での各知覚パターンにモジュール化し、その各モジュールを予め最適化させた重み係数を使って線形に足し合わせ、最終的に総体としての視覚認識情報を再構成すると言う方法です。これは典型的な要素還元論的方法ですが、複雑なプロセスを要素に分解してそれを足し併せて再構成するというこのアルゴリズムは、種々の分野での応用には事欠かないでしょう。また、ここで彼らの再構成アルゴリズムでは線形性を仮定していますが、著者達もしっかりと指摘している様に実際の脳内活動は非線形ですからその点を改良する必要があるでしょう。しかしながら、線形性を仮定したいわば初期段階のアルゴリズムでもこれほどの結果を出せるのですから、このモジュール解読法の今後の発展が楽しみです。

著者達も指摘しているように興味深い応用例としては、ただ単に意識上で図形や文字を想起しただけでも同じように再構成できるかどうかと言う実験があります。もしこれが可能になれば、将来、例えば何らかの疾患で話せなかったり上半身を動かせない人が、自分の意識を表すことも可能になります。さらには、現時点では自分の考えを話したり文字で書いたりしなければ、それらを他者が分かるように表す方法はありませんが、もしただ単に頭で想起するだけで自分の考えを表現できる様になれば、人間の知的活動の可能性が飛躍的に拡大すると期待されます。想起する速度は、実際にそれを言葉に発したり書いたりする速度よりも遙かに早いですから。ただし、いつもMRIの中に入って生活することはできませんから、MRIと同等の機能を持つ超小型測定装置が必要になりますが、技術的課題さえ克服されればこの様な夢のような話も実現すると期待しても良いのではないでしょうか。

「原理的に可能なことは実現する」、言い換えれば「およそ人間に想像できることであれば、物理法則に反しない限り、どれほど技術的に困難であっても何れは実現する」これが私の信念です。そしてなによりも重要なのがそれを人間の幸せに繋がるように応用することが必須です。

しかしながら、自分の頭の中が他者に筒抜けになってしまうのは困りものですし、逆に外部からのインプットによりマインド・コントロールされるような事になるのだけは防がねばなりません。

なお、本研究に対して、理論物理学者であるMichio Kaku氏の興味深いテレビインタビューがYou Tubeにアップされています。

理想の医療

疾病発症要因・機序・経路を解明出来る医学が、疾病予防・早期発見・早期治療を実現させる本当の医療に結びつく

非線形の複雑系である生体

非線形の複雑系である生体は:

  • 微少な初期条件の違いが結果に大きな違いをもたらすこともあれば、逆に初期条件がかなり異なっても結果が安定していることもある
  • 修復機能やフィードバック機能を持つ
  • 生命の特徴としてのダイナミックな恒常性を持つ、つまり、恒常性は維持しているが、常に外界との相互作用により外界から負のエントロピーとしての高価値のエネルギーを取得し、生体の秩序を保っている

単純にこの認識に立てば、高価値のエネルギーをたくさん取得(つまり過食)すればするほど有利であるが、現実はそうではなく、糖尿病や心疾患(血管内壁損傷)の増加をもたらしている。つまりある値以上の高価値のエネルギーを取得しても、それは生体に取って有利には働かず、逆に恒常性を破壊することになっている。どうすればこれを定式化できるか?健康を維持するための最適の食事法の確立は可能か?

方法論に関する雑感

要素還元的方法論に立脚して、

  • 生体の状態を記述するparametersを測定する
  • 各parameter間の相関を網羅的に見る(parameter間のあらゆる組み合わせを走査する)
  • 相関の見つかったparameter間の因果関係を解明する(機序の解明)

生体は非線形の複雑系であるため、各要素の単純な足し上げでは理解できないが、結果には必ず原因がある。生体がなんらかの反応をする背景には、それをもたらす機序がある。例えば、高LDLコレステロールの人の集団では、心疾患の発症率が高い(つまりこの2者間には相関がある)。次にその因果関係を解明する。例えば、LDLコレステロールが実際に動脈硬化をもたらす機序を解明する。と同時にLDLコレステロールが他の細胞や臓器系に及ぼす影響も解明する必要がある。

科学的全人医療システムの構築 – Version 1.0 –

要約
統計処理データに重きを置き、分散技術化してしまった現代医学およびその臨床実践の場である医療を、もう一度科学の原点から生命を見直すことにより、

  1. 何人にとっても安心立命を得られる医療の実現
  2. 科学的データに基づいた真の個人最適化医療の実現
  3. 健康を維持出来る全人医療の実現

を目指す。

背景
単一要因による急性期疾患に対しては絶大な効果を発揮した西洋医学であるが、ガン・循環器疾患・糖尿病などのいわば複合要因の複雑に絡み合った非急性期疾患治療に対しては大きな壁にぶつかっている。それを打破するには、現象を観察してそれに対処すると言うこれまでに医学が取ってきた方法論ではなく、現象の背後に潜む法則を看破し、その法則から演繹される予測を実験で確認するという科学的方法論を医学、そしてそれの臨床実践である医療の世界に持ち込む必要がある。
その際に重要になるのが、人間は、

  1. 非線形(non-linear)の複雑系(complex system)である
  2. 外界と常に相互作用を持ちながらも高度に秩序立ち恒常性を持った自立系である
  3. 各個人は遺伝的・生理活性的に独自のシステムであ

という認識である。このように生体は外界との相互作用を持つ開かれた非線形の複雑系であることから、限られた特定の単一因子遺伝子疾患や感染症などを除いて、複数の内的・外的要因が非線形的に複雑に絡み合い、相互に関連した複数の非線形生理活性反応の結果、種々の症状となって顕在化するのである。この認識に立てば、現在多くの薬や治療法が担っている単一の因子を抑制したり促進させたりする要素還元論的方法論(reductionism)に限界があることは自明である。さらには、各個々人の遺伝的背景および生理活性反応がバラエティに富んでいると言う事実からも、そのような単純な方法論には限界があることは想像に難くない。

一方、現在、新薬・新規治療法認可当局(日本の厚生労働省、アメリカのFood and Drug Administrationなど)が、新薬(新規治療法)候補に対して要求している、既存薬(既存治療法)に対する統計的優位性を示すデータに基づく認可システムでは、統計処理された大規模臨床試験データのみを判断材料としているために、本来なら生体の科学的理解にとって根源的重要性を持っている個々人の薬物(治療法)反応データが利用されていない。莫大な資金($100M超)を投入して新薬開発とその有効性を確かめる大規模臨床試験を行っているにも関わらず、認可の目的のために統計処理したデータのみを活用しているのは、ただ単に無駄であるだけでなく貴重な資源を捨て去っていると言う点で人類に対する罪悪でもある。個々人のデータにこそ宝が眠っているのである。ある薬剤を投与した(治療法を施した)際に、個々人の体が総体としていかに反応するかを詳細に調べ、そこに因果関係および法則性を見い出し、根本機序を解明することが真の科学としての医学の発展に繋がるのである。そのためにも、資本主義市場原理に則って行われている現在の認可のみを目標とした企業、およびその影響下にある開発者の姿勢を改めることが急務であると共に、認可当局にも働きかけこの様な非科学的閉塞状況を打開していく必要がある。

この様な現在の新薬・新規治療法認可プロセスに支配されざるを得ない医療環境下においては、現在のEvidence Based Medicine (EMB)は、厳密な科学的観点からするとあくまでも「統計処理されたデータに基づいた医療」であり、決して「科学的証拠に基づいた医療:Scientific Evidence Based Medicine (SEBM)」では無い。真のSEBMでは、各個々人の遺伝 (genetic)、生理活性 (physiological)、生活習慣 (lifestyle) データに基づき、どの薬あるいは治療法がどのような効果をもたらすかを予め予測し、それに従って最適の投薬あるいは治療を施す事が可能になる。

最後に、現在行われている医療はそのほとんどが実質「病気になったら治療する」と言う後手後手のsick careである。今世紀以降、全世界的に否が応でも進む高齢化社会において、このような後手後手のsick careでは医療費の高騰はされられない。この問題を根本から解決するには、個々の薬や治療法を開発すること以上に、「健康状態を維持し、そもそも病気に罹らないようにする」と言う積極的な真のhealth careを確立することが必要である(From sick care to real health care)。

以下では、科学の原点から生命を見直すことにより、この真のhealth careをいかに確立していけばよいかの提案をする。

科学的全人医療システム
科学的全人医療システムとは、「健康状態を最大限維持するために、定期的健康モニターを行い、健康状態からの逸脱が見つかればそれを直ちに発見し、各個々人の体内で生起する現象を総合的に記述するモデルから得られる科学的データに基づきその逸脱を修復する」事を目指す医療システムである。

では現実的にどうすればそのような科学的全人医療システムを実現できるのか?
その実現のために以下の3つの柱を提案する。

  1. Life Simulation – For effective drug development and therapeutic research for individuals
  2. Health Monitoring – For early detection of abnormality based on the concept of disease prevention – From sick care to real health care
  3. Comprehensive Biomedical Database for Individuals – For the backbone of Life Simulation and Health Monitoring

以下では、これら3つの柱を個別に説明する。

  1. Life Simulation
    非線形(non-linear)の複雑系(complex system)と言う生体の持つ特徴から、人間を要素還元論的方法論で記述し尽くすことは、例え原理的に可能であったとしても、有限の能力しか持ち得ない人間には現実的には不可能である。つまり生体内で生起する全ての現象を総合的に記述する方程式が例え得られたと仮定しても、それを解析的に解くことは現実的に不可能である。これは物理学における3体問題ですら、解析的に解き得ないことからも簡単に想像がつく。物理学ではこの3体問題の解を数値計算あるいはsimulationによって得ている。一般化して説明すると、生物学を除く科学や工学の世界では、資金・設備・安全面などから来る制限により実験が困難な場合や、方程式が解析的に解けない場合、理論やモデルの正当性を評価するためにcomputer simulationによって実験を模擬することが日常的に行われている。さて現在、薬物動態や薬の効果・副作用などの外部擾乱因子の生体内(in vivo)における反応の確認は、動物実験とそれに引き続く人間に対する臨床試験に大きく依存しているが、そこには以下のような明らかな限界が2つある。

    • 動物と人間とは違う。どれだけ動物で実験しても人間への外挿には限界がある。
    • 同じ人間であっても個々人は違う。大規模臨床試験ではせっかく得られた個々人のデータを統計処理してしまい、本当に重要な個々人のデータを捨ててしまっている。つまり本来は価値ある個々人のデータを得ているのに、それを統計処理で希釈し、本来データが持つ個々人の豊富な情報量を捨ててしまっている。

    この2つの問題を同時に解決しえる候補技術の一つが、外部擾乱因子に対して生体中の反応を総合的にシミュレーションするLife Simulationである。Life Simulationの目的は、外部擾乱因子に対して生体中の反応を総合的にシミュレーションすることにより、種々の外部擾乱因子に対して総体としての生体がどのように反応するかを計時的に見ることである。このLife Simulationは、使用されるsimulation parametersを各個々人に対して最適化することにより、personalized medicineの実現に寄与し得る。そのシミュレーションを完成させる途上で、人の全遺伝子や遺伝子発現状態の安価で簡便な測定法の開発に加えて、相当の動物実験と最低限の臨床試験が必要不可欠である。動物実験によってLife Simulationの基盤部分の精密化を図り、それを臨床試験時に得られた個々人の反応データ(後述のComprehensive Biomedical Database for Individualsを参照)をインプットとし、各個人のsimulation parametersを最適化していく。

    以上により、各個々人が自分自身に最適化されたsimulation parametersを持つLife Simulationシステムが提供される。それにより、治療や投薬が必要になった場合に、まずシミュレーションにより最適の治療法や薬を見つけ、その情報に基づいて治療法や投薬を施す事が可能となる。

  2. Health Monitoring
    各個々人の健康状態を定期的にモニターし、もしその人のBiomedical Databaseに記録されている定常状態からはずれた状態が観測された場合にすぐに警告を発し、同時に何が問題かも指摘するモニター・警告システム。

    生命という物は有る程度の擾乱があっても定常状態を保つホメオスタシスを持っている。それは単純化すれば、通常生体というのは健康ポテンシャル(補遺参照)の最小値(安定値)にあることを意味している。逆に非健康状態と言うのは、その人の状態が健康ポテンシャルの最小値からずれている、あるいは、ポテンシャルの形が異常になっているかのどちらかと考えられる。そこで、この健康ポテンシャルを現在我々が知りうるあらゆる生体情報(遺伝情報、生理活性情報、食生活、環境など)をインプットにして定義し、それらの定期的モニターに基づき、もし定常状態からなんらかの逸脱があればその原因を自動的に解析し、結果を本人および掛かり付け医に自動的に知らせる。それにより、病気を未然に察知し、病気という状態になる前に修正する。これを現在の薬の認可で使われている統計処理によるのではなく、各個人個人で最適のモニターシステムを提供する。

    モニターシステムは極力非侵襲的技術を利用する。また、必要な非侵襲的モニター技術開発を医療機器メーカーと共同で行うことも考える。非侵襲的モニターを利用することにより、当人が医療施設に行かずともモニターする事が可能になる。これはモニターシステムの普及のために非常に重要である。

  3. Comprehensive Biomedical Database for Individuals
    上で説明したLife SimulationとHealth Monitoringを実現するためには、各個々人の生体情報データベース(遺伝情報、生理活性情報、代謝情報、食生活、環境など)および、疾病情報データベース(疾病に関わる遺伝情報および各種マーカー情報)を含む総合的Biomedical Database構築が必要である。

    これらのデータベースの構築するために、臨床試験あるいは治療の現場において、当該人の許可の下、予め定義した生態情報と疾病情報を取得するシステムを構築する。

    さらに、得られた情報に基づき、各種疾病、症状、反応、投薬情報、治療情報などのparameter間の相関関係を網羅的に自動抽出するアルゴリズムを開発し、その結果得られた相関関係を持つparameter間の背後に潜む機序の解明の一助とする。医学研究者、アルゴリズム開発者などとの共同研究を考慮する。ただし、産業に誘導されている研究者に主導権を握らせるのではなく、あくまでも当方が主導権を握る。

以上3つの柱を統合することにより科学的全人医療システムの構築を目指す。

文部科学省リーディングプロジェクト「細胞・生体機能シミュレーション」

文部科学省リーディングプロジェクト「細胞・生体機能シミュレーション」は、将来の医学研究に大きな影響を及ぼすと思われる興味深いプロジェクトです。

本プロジェクトに基づいた研究開発への波及効果として

  • 論理的実験仮説の構築による実験効率化
  • 網羅的生命情報の効率的処理
  • 薬剤開発における前臨床試験の短縮とコスト節減
  • 安全性試験における動物実験数の削減

医療への波及効果としては、

  • 実際の患者では不可能な仮想治療予測
  • 個人の臓器画像情報(CT、血管造影)に基づく個別治療シミュレーションの医療応用
  • 薬剤反応性の個別臨床データに基づく治療最適化シミュレーションの応用(抗糖尿病薬、気管支拡張剤、抗血小板薬)
  • 実際の患者では不可能な仮想治療予測

等があげられています。

物理の世界においては当たり前のシミュレーションが、バイオ医学の世界でもようやく注目されるようになってきました。素晴らしいことです。

まだまだこれから長く精力的な研究が必要でしょうが、非常に注目に値すべき分野です。

血中ガン細胞濃度を測定することによる乳ガン診断

テキサス大学のM.D.アンダーソン癌センターのMassimo Cristofanilli医師を中心とするグループが、遠隔転移を持つ乳ガン患者177人を対象に行った二重盲検試験から、血中がん細胞濃度の高い患者のガン進行率が高く、生存率が低いことを証明するデータを得たとの報告を2004年8月19日号のThe New England Journal of Medicineに発表しました。ちなみに、本発表はかなり注目度が高く、ロイター、共同通信(AP)、Detroit Free Press、The Global and Mail、WebMD、Xinhuanet News(北京)等でも一斉に取り上げられています。

彼らの主張によると、遠隔転移を持つ乳ガン患者の内、血中ガン細胞数が7.5ml中5個未満の患者と 5個以上の患者では、有意に生存率が違うと言うことです。具体的には、前者の患者グループの無進行生存月数の中央値が7ヶ月であるのに対して、後者の患者グループではたったの2.7ヶ月です。この結果は、血中にガン細胞が多く流れ込んでいる患者の予後は悪いというごく自然な予測と一致します。

さて、この事実に加えて、本試験が持つ重要な意義は、血中の微量のガン細胞が測定できる技術が開発されているという事実にあると思います。この技術は、米国Veridex社が開発したCellSearch Systemと呼ばれる最新の血中ガン細胞濃度測定法です。今回は乳がんを対象に生存率の調査が行われましたが、本技術は、結腸がん、肺がん、前立腺がんなどの他のガンの予後診断・予測にも応用が考えられています。さらに、単に予後診断だけではなく、簡易で非侵襲的な治療効果の判定法にもなりますし、より微量のガン細胞が測定できるようになれば、スクリーニングとしてのがん診断にも応用できる可能性があります。本測定法を、ガン遺伝子診断や発現タンパク質診断などと組み合わせれば、簡便でより確度の高いガンの早期診断法への道が開けてくるのではないでしょうか。

しかしながら、多くの医師や研究者によるこうした数々努力にも拘わらず、2004年には米国だけでもガンによって約56万人もの犠牲者が出ると予測されています (M.D.アンダーソン癌センター、Clifton Leaf教授言)。この犠牲者数は、1971年に米国ガン法(National Cancer Act)が制定された当時と比べても実はほとんど減少していないのです。ガンに関する人類の知見はこの30年で確かに飛躍的に深まってはいるものの、ガンの発現の想像以上の複雑さが、ガンの根本治療の妨げになっているように思われます。その上、多くの研究者は細分化された特定のガンの個別の研究にのみ専念する傾向があり、生体内で発現するガンを総体として見ることを怠っているのではないでしょうか。

最後は表題から少々脱線してしまいましたが、がん研究・医療に携わるすべての者が、個々の成果に一喜一憂することなく、「実際に人の命を守る」という大前提を常に忘れずに、着実にがん研究を推進させていってもらいたいものです。