Archive for the ‘医学・医療・創薬’ Category.

世界初の遺伝子組み換え霊長類

実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームが、霊長類として世界初の遺伝子組み換えコモン・マーモセット(南米原産の小型サル)の作出に成功したと言うニュースが飛び込んできました。ライフサイエンスにおける日本発の画期的業績ですので、ここに紹介することにしました。

これまで、医学研究で使われる遺伝子組み換え動物としては、遺伝子組み換えマウスが多方面で応用され、数多くの価値ある成果を生み出してきていますが、マウスと人間の違いが大きく、マウスでの実験結果が必ずしも人間にそのままでは応用できない場面に出くわすことも少なからずあります。その様な状況下で、コモン・マーモセットなどのより人間に近い霊長類の遺伝子組み換え動物の作出が望まれてきました。そして、今回ついに実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームがその遺伝子組み換えコモン・マーモセットの作出に成功したのです。

GFP遺伝子(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Proteinを発現する遺伝子)を組み込まれたコモン・マーモセットの親から生まれた子供もこのGFP遺伝子を受け継ぎ、GFPを発現していることが確認されました(GFPにより紫外線を当てると身体が緑色に発光します)。つまり、遺伝子を組み換えたコモン・マーモセットを安定して作出する技術が確立されたのです。ちなみに、このGFPは1960年代に下村脩氏が発見・分離精製に成功したタンパクで、その後のライフサイエンス研究において欠くべからざる物質となっていることは、彼が本業績で2008年にノーベル化学賞を受賞したニュースもまだ新しいので皆さんもご存じでしょう。日本人研究者の発見が新たな日本人研究者の発見につながるという、非常にうれしいニュースでもあります。

最後に強調しておきたいのは、今回の成果は、実験動物中央研究所の長年の地道で着実な技術の積み重ねと、多くの研究者の弛まぬ努力のたまものであることです。この遺伝子組み換えコモン・マーモセットが医学研究の場で効果的に使われ、人間における発病機序の解明や疾患治療法の開発に貢献できる研究が加速することを期待したいと思います。

ちなみに、本成果はNature誌の最新号(2009年5月28日号)に掲載されています。

Common Marmoset

Common Marmoset

2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食の効用

少々旧聞に属しますが、米国医学雑誌JAMA(Journal of American Medical Association)の2008年12月17日号で報告された、2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食と高穀物繊維食の効果を比較した臨床試験を紹介します(”Effect of a Low-Glycemic Index or a High-Cereal Fiber Diet on Type 2 Diabetes – Randomized Trial“, D.J.A. Jenkins et. al.)。

カナダのトロント大学のDavid J. A. Jenkins医師らが中心となり、過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされるヘモグロビンA1Cが6.5%から8.0%の範囲にある2型糖尿病患者に対して、低グリセミック指数食グループと、高穀物繊維食グループの2つのグループに無作為に分け、治療方針を評価する研究(Intention-to-treat analysis)が実施されました。2,200人のボランティアの応募者から、ヘモグロビンA1C値に加えて、年齢、性別、BMIなどを考慮して最終的に210人が選ばれ、本臨床試験に参加することになりました。本研究では、各グループの患者にに対して規定の食事を6ヶ月間続けてもらい、第1指標としてのヘモグロビンA1C、第2指標としての空腹時血糖値と心血管イベントの主要リスクファクター、およびC反応性タンパク、体重、BMIなどが4週間毎に24週間測定されました。

結果
低グリセミック指数食グループではヘモグロビンA1Cが0.5±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値が1.7±0.9mg/dL増加と言う結果が得られました(以下、±エラーはすべて95%信頼区間)。一方、高穀物繊維食グループではHbA1cは0.18±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値は0.2±0.7mg/dL減少(ただし、後者はエラーが大きく実際には有意な変化は無しと捉えるべきでしょう)と言う結果でした。

ここで注目しておきたいデータが、今回の研究の主要指標では無いのですが、近年、心血管イベントの強力なマーカーとして注目されているC反応性タンパク(C-Reactive Protein)の変化です。

炎症マーカーであるこのC反応性タンパクが、低グリセミック指数食グループでは4.6mg/Lから3.0mg/Lに減少(1.6±1.3mg/dL, 35%の減少)、高穀物繊維食グループでも4.6mg/dLから2.8mg/dLに減少(1.8+2.1-2.2mg/L, 39%の減少)と、共に減少している点です(ただし、高穀物繊維食グループではエラーが大きく有意とは言えませんが)。

まとめますと、今回の2型糖尿病患者に対しては、低グリセミック指数食の方が高穀物繊維食より効果的に、ヘモグロビンA1Cを下げ、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げると言うことです。つまり、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことです。

低グリセミック指数食は、そもそもの定義からして同じ炭水化物でも血糖値上昇の度合いが低い食事ですから、その機序からしてヘモグロビンA1Cを下げる効果があることはごく自然に理解できますが、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げる効果が見られたことは注目に値します。実は、低グリセミック指数食が、HDLコレステロール値を上げ [Brand-Miller J et.al. Diabetes Care. 2003;26(8):2261-2267], [Ford ES et.al. Arch Intern Med. 2001;161(4):572-576]、C反応性タンパクを下げる効果 [Liu S et.al. Am J Clin Nutr. 2002;75(3):492-498], [Wolever TMS et.al. Am J Clin Nutr. 2008;87(1):114-125] が見られることは以前の研究でも報告されていました。

いづれにせよ、2型糖尿病患者にとって低グリセミック指数食事により、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことは朗報であることは間違いないでしょう。

さて、ここまでが現在の医学研究において多くの研究者が行っている統計処理データだけを見て得られる結論ですが、私としてはその先を研究したいと言う気持ちがわき起こってきます。それを以下で説明します。

考察
まず、統計処理する前の一人一人の患者のデータを基に、A: 大きな変化、B: 平均に近い変化、あるいは、C: ほとんど変化の見られない患者のグループ、の3グループに分け、さらに詳細なデータ解析を行えばどのような因子がその変化の有る無しと相関関係があるかを知ることができると期待できます。そして相関関係の見つかった因子間で、因果関係を究明する研究を立案するのです。ただその際に、重要と思われる各患者の遺伝子データも取っておく必要があります。この実現の障壁になるのが、集団統計処理データに立脚しすぎてしまっている現代医学界における固定観念と、現在の技術ではまだまだ高価な遺伝子データ取得費用の2つでしょう。後者は技術的問題ですので、技術さえ進歩すれば解決できる問題ですのでここでは特に議論しませんが、前者は「集団統計処理データに始まり、集団統計処理データに終わる」との固定観念に支配されている現代医療界の心理的かつ体制的問題ですので、その打破には巨大なエネルギーが必要です。私の力は微力ですが、提言を繰り返すことによりそのエネルギーのほんの一旦だけでも担えればと思っております。

ただ単なる臨床試験に留まるのではなく、その臨床試験を、得られた結果に基づき生命現象の機序を解明するさらなる研究のきっかけとしてとらえる事により、一つの臨床試験がより実りある多くの研究に繋がる可能性があるのです。

用語解説

  • グリセミック指数
    食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖を100とした場合の相対値で表すとされる。つまりグリセミック指数が低ければ低いほど、食後の血糖値の上昇を抑えられます。

  • 低グリセミック指数食
    ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず:wheat bran)入りのライ麦の黒パン、quinoa(キノア:アンデス地方で栽培される雑穀で、他の雑穀に比べてタンパク質と不飽和脂肪酸を多く含み、糖質が少ない)、flaxseed(アマニ)、オートミール、パスタ、豆類、グリーンピース、レンズ豆、ナッツ類など
  • 高穀物繊維食
    無精白の全粒パン、全粒シリアル、玄米、皮つきのジャガイモなど
  • ヘモグロビンA1C
    HbA1c – glycated hemoglobin A1c:過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされる。HbA1cが6.5%以上の場合、糖尿病と診断する。

参考文献

ヒト胚性幹細胞に基づく脊髄損傷治療法に対する世界で最初の臨床試験

ヒト胚性幹細胞に基づいた治療薬・治療法を開発しているGeron社(米国カリフォルニア州Menlo Park市)が、米国Food and Drug Administration(FDA)に提出していた急性期脊髄損傷の治療候補薬GRNOPC1の臨床試験開始申請(Investigational New Drug (IND) application)に対して、本日(2009年1月23日)ゴーサインが出されました。これはヒト胚性幹細胞に基づいた治療薬・治療法(human embryonic stem cell (hESC)-based therapy )に対する世界で最初の臨床試験となります。ちなみに、この臨床試験開始申請書は、前臨床試験として実施された24の動物試験結果を含み、総ページ数はなんと21,000ページにも達する膨大なものです。

今回のゴーサインにより、Geron社が保有するヒト胚性幹細胞(hESC: human embryonic stem cells)バンクから分化・作製されたオリゴデンドロサイト前駆細胞(oligodendrocyte progenitor cells)を含むGRNOPC1を、患者の脊髄損傷を受けた部位に直接注入することにより脊髄神経機能の回復を促す治療法に対する第1相臨床試験がスタートします。まずは全米で7つの医療センターが選ばれ、そこで対象となるボランティア患者に対して臨床試験が行われます。第1相臨床試験ですので、主エンドポイント(primary endpoint)は安全性の確認ですが、副次エンドポイント(secondary endpoint)として有効性の確認もプロトコルに含まれています。

ラットを使った実験では、脊髄損傷を被った部位にGRNOPC1を注入することにより、損傷部位周辺におけるミエリンの再生および神経の成長がみられ、運動機能の回復がみられています。(Journal of Neuroscience, Vol. 25, 2005)

さらに、副作用を調べた動物実験から、以下の事が確認されています。

  • 脊髄損傷を受けたラットとマウスに対するGRNOPC1の投与後12ヶ月間に奇形種(teratoma)形成が無い
  • 脊髄外への注入細胞の浸潤が少ない
  • 神経障害性の痛みを誘発しない
  • 全身毒性(systemic toxicity)が無い
  • 死亡率を上げない

また、GRNOPC1は試験管レベルの実験で自己血清、NK細胞、T細胞に認識されない、つまり拒絶反応が少ないことが解っており、免疫抑制剤の使用を最低限に抑えることが可能になっています。(Journal of Neuroimmunology, Vol. 192, 2007)

今回のFDAの決定を受けて、Geron社のCEOであるThomas Okarma博士は以下のような声明を発表しています。

“The FDA’s clearance of our GRNOPC1 IND is one of Geron’s most significant accomplishments to date,” said Thomas Okarma, Ph.D., M.D., Geron’s president and CEO. “This marks the beginning of what is potentially a new chapter in medical therapeutics – one that reaches beyond pills to a new level of healing: the restoration of organ and tissue function achieved by the injection of healthy replacement cells. The ultimate goal for the use of GRNOPC1 is to achieve restoration of spinal cord function by the injection of hESC-derived oligodendrocyte progenitor cells directly into the lesion site of the patient’s injured spinal cord.”

「一度損傷を受けた成人哺乳類の中枢神経系は再生しない(Cajal 1921)」と長年言われてきましたが、いよいよ神経再生治療が現実のものとなってきました。Geron社を支援しているChristopher & Dana Reeve Foundationの創設者でもある故Crhistopher Reeve氏(映画Supermanの主人公:落馬事故で脊髄損傷を受け完全四肢麻痺であった)の願いが叶う日もそう遠くはないかもしれません。ただし現在のところ、本治療法の適用を受けるのは脊髄損傷後7-14日間の患者に限られています。

日本でも慶応大学医学部の岡野栄之教授が率いる脊髄損傷グループ実験動物中央研究所と共同で、神経幹細胞を使った脊髄損傷治療法の開発を行っています。これまでは有効な治療法の無かった脊髄損傷に対して、世界中の医学研究グループが切磋琢磨し、効果が高く副作用の少ない治療法が確立され、一人でも多くの患者が救われる日が一日も早く来ることを祈念します。

参考文献

理想の医師像(あるいは、理想の医療)

生命科学・医学研究、臨床試験などの情報量が増大の一歩を辿り、ますます細分化・専門化しつつある医学・医療界の趨勢に鑑みて、「本当にこれで患者は幸せになれるのか?」との疑問が日々強くなってきています。

そこで、私が考える理想の医師(差し支えなければこの「医師」を一人の医師では無く、有機的な協力の出来る医療チームと読み替えてもらっても構いません)像とそれをサポートするシステムを提案してみようと思います。

理想の医師の条件:以下の8つの条件を全て満たす

  1. 人間に関する分子レベルから身体レベルまでのミクロからマクロにわたる生命科学・医学分野に網羅的に精通
  2. 分野を問わず、過去から現在までの臨床研究や基礎医学研究成果に網羅的に精通
  3. 2の各研究成果の意義・価値判定能力
  4. 検査・診断・治療用のあらゆる医療システムに網羅的に精通
  5. 患者のゲノム情報、遺伝子発現情報、生理活性状態、腸内細菌状態、生活習慣、生活環境、精神状態、家族関係、社会関係、価値観などの患者固有の情報を網羅的に把握(真の個人最適化医療:personalized medicine)
  6. 上記1、2、3、4、5の網羅的情報を基に、総合的観点から目の前の患者に最適の検査法、治療法、予防法を選択
  7. 6で選択された治療法・予防法を的確に実施し完遂させ、患者(病気ではなく)を治療、あるいは病気を未然に防ぐ能力
  8. 人間として常に目の前の患者によりそえる全人格的態度

もし実際にこれらの8つの条件を全て満たせば、果たしてその医師は本当に理想の医師と言えるでしょうか?これをまずは世に問いたいと思います。

さて、もしこの様な医師が理論上(in principle)理想だと仮定した場合、次に問題になるのが現実の世界(in practice)で「果たしてこれは実現可能なのか?」ということです。しかしながら、実際に上記8つの条件を全て満たす事は有限の能力しか持ち得ない人間だけでは実現不可能であることは、論を待たないでしょう。

そこで提案したいのは、「医師が、生身の人間としての医師でなければ出来ないことにのみ集中できる」ような総合医療サポートシステム(Comprehensive Medical Support System: CMSS)の構築です。

つまり、上記1から6までの条件で、膨大で多岐にわたる生命科学および医学の知見やデータの取り扱い、処理、検索、分析などの部分を、可能な限りコンピュータ、ロボット、人工知能などのITで肩代わりさせることにより、医師が7と8に集中できるようサポートするシステムです。ただし、このシステムはただ単に電子カルテや細分化されたBioinformaticsなどのいわば単独単純なITではなく、いわば1から6までを総合的かつ網羅的に実現しうるソフトウェアとハードウェアに、各医師の能力や癖までを把握しうる高度なアルゴリズムと、効果的なマン・マシーン・インターフェースを組み込んだ総合システムです。

このようなシステムを構築できれば、医師あるいは医療チームは、本来人間としての医師あるいは医療チームが取り組むべき医療行為のみに専心できるのではないでしょうか。

ただし、1と2の中でも要となる知識だけはこれまで通り自分のものにしておく必要がありますし、3と6の判断が入るプロセスにおいては、このシステムはあくまでも医師の最終判断をサポートする補助的役割を果たすに留めておくべきでしょう。

そして最も重要なのが、このCMSSシステムが患者にとって最善の結果をもたらすように設計され使用されることです(患者のために:patient centered)。

主観的認識を客観的に観測 ー 人・コンピュータインターフェース

脳神経科学の権威ある学術雑誌Neuron誌の2008年12月11日号に、visual cortex(視覚野)の活動をMRIで観測することにより実際にどのような画像を認識しているかを客観的に観測する方法を使った、非常に興味深い実験が報告されていました。(Y. Miyawaki, et. al., “Visual Image Reconstruction from Human Brain Activity using a Combination of Multiscale Local Image Decoders”, Neuron 60, 915–929, December 11, 2008; DOI 10.1016/j.neuron.2008.11.004、またScribdのサイトで全文が読めます)

この報告は、国際電気通信基礎技術研究所・認知神経科学研究室の宮脇陽一氏らのチームが開発した測定・解析方法に基づいて行われた実験報告で、特定の図柄や文字を見せたときの脳の視覚野の反応をfMRI(functional magnetic resonance imaging:機能的磁気共鳴画像法)により測定し、測定されたfMRI画像を再構成アルゴリズムによって解析し、実際に見ている画像をコンピュータ上に再構成する事に成功したとの報告です。

四角、十字、ペケなどの図形の再構成はもとより、「n」「e」「u」「r」「o」「n」と言う文字を見せた際に、ある程度の精度で実際に「「n」「e」「u」「r」「o」「n」と再構成されている例が報告されており、これは驚きでした(参照:NewScientistの記事)。さらには、実際の画像再構成を時間的に追ったビデオがYouTubeにアップされています。

彼らの再構成アルゴリズムの要点の一つにModular Decoding(モジュール解読法)があります。簡単に言うと、複雑な視覚認識情報を、測定単位での各知覚パターンにモジュール化し、その各モジュールを予め最適化させた重み係数を使って線形に足し合わせ、最終的に総体としての視覚認識情報を再構成すると言う方法です。これは典型的な要素還元論的方法ですが、複雑なプロセスを要素に分解してそれを足し併せて再構成するというこのアルゴリズムは、種々の分野での応用には事欠かないでしょう。また、ここで彼らの再構成アルゴリズムでは線形性を仮定していますが、著者達もしっかりと指摘している様に実際の脳内活動は非線形ですからその点を改良する必要があるでしょう。しかしながら、線形性を仮定したいわば初期段階のアルゴリズムでもこれほどの結果を出せるのですから、このモジュール解読法の今後の発展が楽しみです。

著者達も指摘しているように興味深い応用例としては、ただ単に意識上で図形や文字を想起しただけでも同じように再構成できるかどうかと言う実験があります。もしこれが可能になれば、将来、例えば何らかの疾患で話せなかったり上半身を動かせない人が、自分の意識を表すことも可能になります。さらには、現時点では自分の考えを話したり文字で書いたりしなければ、それらを他者が分かるように表す方法はありませんが、もしただ単に頭で想起するだけで自分の考えを表現できる様になれば、人間の知的活動の可能性が飛躍的に拡大すると期待されます。想起する速度は、実際にそれを言葉に発したり書いたりする速度よりも遙かに早いですから。ただし、いつもMRIの中に入って生活することはできませんから、MRIと同等の機能を持つ超小型測定装置が必要になりますが、技術的課題さえ克服されればこの様な夢のような話も実現すると期待しても良いのではないでしょうか。

「原理的に可能なことは実現する」、言い換えれば「およそ人間に想像できることであれば、物理法則に反しない限り、どれほど技術的に困難であっても何れは実現する」これが私の信念です。そしてなによりも重要なのがそれを人間の幸せに繋がるように応用することが必須です。

しかしながら、自分の頭の中が他者に筒抜けになってしまうのは困りものですし、逆に外部からのインプットによりマインド・コントロールされるような事になるのだけは防がねばなりません。

なお、本研究に対して、理論物理学者であるMichio Kaku氏の興味深いテレビインタビューがYou Tubeにアップされています。

Merck社がバイオジェネリック薬開発部門の創設を発表

最近7,200人の大々的な雇用削減を発表しリストラを断行している製薬大手のMerck社が、自社の医薬品ポートフォリオを拡充し企業基盤をより堅固なものにするため、新規特許薬以外にfollow-on biologics(biogenerics:バイオジェネリック薬)の研究・開発を推進させるMerck BioVentures創設を2008年12月9日に発表した。これは、2006年に買収したGlycoFi社の持つイースト由来のバイオテック応用タンパク質性医薬品の効果的な開発・製造技術を実用化に応用する試みであり、バイオジェネリック薬分野におけるトップメーカーを目指すための戦略の一環と捉えられている。

具体的には、2012年の上市を目標に貧血治療薬MK-2578が臨床開発段階に入っており、他に少なくとも5つのバイオジェネリック薬を2012年までに最終開発段階に持って行くと、Merck社の上級副社長であるPeter Kim博士は述べている。

今回の発表は、1980年代後半から1990年代初頭にかけて開発された初期のbiopharmaceutical products(バイオテック薬:例えばAmgen社が開発したEpogen[*注参照])の特許期限が切れる時期が目の前に迫っていると言う事実と、特許薬に依存する限りこのような特許切れによる利益の大幅減少の危険性を免れることができない現状で、莫大な開発費のかかる新規特許薬にのみ依存する体制から、新規特許薬と、より安価に開発可能なバイオジェネリック薬の2本立てで今後の製薬分野での競争に勝ち残ろうとする戦略と捉えられる。

また、比較的高価なタンパク質性医薬品に対して、安価なバイオジェネリック薬が供給されれば、医療費の削減にも貢献することが期待されているが、同時に安全性の確認をどう評価するかに関して監督官庁の指針が待たれる。

[注*]Epogen:腎臓透析を受けている患者の慢性的な貧血に対する治療薬。バイオテック企業最大手の米国Amgen社が遺伝子組み換え技術を応用して開発した。有効成分は赤血球の産生を促進するホルモンであるerythropoietin (エイスロポエティン)。

参考文献:

The World Health Report 2000

World Health Organization (WHO:世界保健機関)発行のThe World Health Report 2000のSummaryの最後から抜粋した以下の文節は、内容は言うまでもなく良い英語表現のお手本でもあります。

The World Health Report 2000 aims to stimulate a vigorous debate about better ways of measuring health system performance and thus finding a successful new direction for health systems to follow. By shedding new light on what makes health systems behave in certain ways, WHO also hopes to help policy-makers understand the many complex issues involved, weigh their options, and make wise choices. [World Health Report 2000]

「メタボリックシンドローム」の由来

日経BPセカンドステージで河合勝幸氏が執筆している明るい糖尿病ライフのページに「メタボリックシンドローム」の由来が説明されていました。以下に引用しておきます。

1920年代に心血管障害(心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性の病気)のリスクとして、高血圧や高血糖、高尿酸血症などの一群の症状(シンドローム)があることが報告されていました。1960年代にこれらの症候群に肥満と高脂血症が加えられ、1988年にジェラルド・M・リーベン(Gerald M. Reaven: スタンフォード大学)がこの症候群は基本的にインスリン抵抗性(インスリンが効果的に作用しない)があると説明がつくとして、「シンドローム・X(エックス)」とネーミングしました。-河合勝幸-

参考文献:Reaven GM. Banting lecture 1988. Role of insulin resistance in human disease. Diabetes 1988;37:1595-607. PMID 3056758.

東京女子医科大学先端生命医科学研究所訪問

2007年7月30日に東京女子医大学の先端生命医科学研究所を訪問し、江上美芽客員教授と大橋一夫特任准教授とお話をする機会に恵まれました。初めてお会いする江上教授は、とても上品で清楚な方なのですが、ひとたび研究所の話になると内に秘めた情熱が迸るように話をされ、聞いていた私も時間を忘れてお話に引き込まれました。

さて本研究所は、再生医療本格化のための最先端技術融合拠点たることを理念とし、その理念の基、大きく、先端工学外科学、遺伝子医学、代用臓器学、再生医工学、の4つの分野に集中し、臨床応用に直結した研究が行われています。訪問時現在メンバー構成は、教員 27名(医歯系15名 理工系11名 文系1名)、ポスドク9名、職員15名、大学院生約30名、外研生約50名、海外留学生4名となっています。

今回の訪問で特に私が注目したいのが

  • 大橋准教授が最近世界で最初に成功した機能的人工肝臓の皮下における創出
  • 私立大学の自由度を最大限に生かして1969年に開始された非常にユニークなバイオメディカル・カリキュラム
  • 早稲田大学との医理工学連携融合施

の3つです。以下でこれらの3つの話題をお話ししたいと思います。

機能的人工肝臓の皮下における創出
まず大橋准教授の研究ですが、肝組織工学の第一人者である大橋准教授は、世界をリードする肝臓作製技術の開発を続けており、細胞シート工学を応用することにより肝細胞で構成される肝細胞シートを作製し、それらを皮下に貼布することにより、3次元的な機能的人工肝臓の作出に成功しました。本成果は2007年7月号Nature Medicine誌に発表されています。

肝細胞工学

肝組織工学


温度応答性高分子を固定した特殊培養皿を用いて細胞培養を行うと、培養温度を15分間20度に下げることで、培養皿から細胞をシート状組織として回収できます。この技術は東京女子医大の先端生命医科学研究所所長である岡野光夫教授らが開発した日本発のオリジナル技術です。このシート工学技術により、肝細胞の相互間に微細胆管等の機能的接着のある肝細胞シートを作製できます。皮下部位にあらかじめ血管網を構築した後に、あたかも湿布薬のように肝細胞シートを皮下に貼るだけで、シート1枚で2次元的な人工肝臓が形成されます。細胞シートを4枚重ねて貼る事により3次元の人工肝臓の形成にも成功しました。マウスの実験で200日以上肝臓組織は機能し、薬剤の取り込みや代謝を行うことが確認されました。再生して増えるという肝臓独特の能力もあるといいます。従来の組織工学では、生体にとって異物となる生分解性高分子等をスキャホールドとして用いる必要がありましたが、本技術は肝細胞のみから肝臓を創る画期的な技術と評価されているとの事です。培養時に遺伝子修飾を加えることも容易であり、新しい遺伝子治療法としても注目されそうです。

肝臓を創るという肝組織工学は肝臓病治療の次世代医療として期待されている分野です。大橋准教授は、「“第二の肝臓を創る“という肝組織工学は、ロマンにあふれる開発プロジェクト。しかし、今この時点においても、現存治療では救命できず、命を落としている患者さんが世界中にたくさんいるという現実を背負っており、ゆっくりとはしていられない。アイデアと技術を結集する必要がある」と話しています。先端生命医科学研究所では、肝臓の他に、心臓、角膜、網膜、肺、食道、膀胱、歯根膜などの組織再生を、細胞単位から構築するユニークな取り組みが行われていることを付記しておきます。

バイオメディカル・カリキュラム
次にバイオメディカル・カリキュラムですが、これは専門の医学教育を受けたことのない医療機器開発者や医薬品開発者をはじめとする医療産業従事者を主たる対象者とした1年間にわたる卒後教育カリキュラムです。本カリキュラムは各方面から高い評価を得ており、過去38年間に1,500名を越す方々がカリキュラムを修了し、そこで得た知識と経験を生かして社会で活躍されています。

参加者は、基礎医学講座はもちろんのこと、その座学に終始するのではなく、実際の人体解剖実習、手術室における実際の手術を最初から最後まで見学するなど実際の臨床の場面に立ち会うことになります。

また、本カリキュラム修了生を母体として、卒後教育を行うとともに、日本の未来医学・未来医療について学際的に幅広く考察していく知識集団として、1978年1月に未来医学研究会が発足しました。会員数1,682名(2006年1月4日現在)、年一回の総会、年1回の会誌”未来医学”の発行等の活動を行っています。

早稲田大学との医理工学連携融合施設
もう一つ忘れてはならないのが、2008年4月開所を目標に建設されている東京女子医科大学—早稲田大学連携の医理工学連携融合施設です。これは、スタンフォード大学で言えばBio-Xプログラム(http://biox.stanford.edu/)、あるいはカリフォルニア州立大学の内、シリコンバレー周辺に位置するバークレー、サンフランシスコ、サンタクルーズ校の3校連携によるQB3: California Institute for Quantitative Biosciences(http://www.qb3.org/)と同様に、これまでの日本の旧弊な縦割り組織とは一線を画したより有機的で効果的な医理工連携の実践の場を提供し、基礎バイオ医学研究から臨床までの学際研究を強力に推し進めることを目指しています。日本における新たな学際研究の先導者として大いに発展し指導力を発揮することを期待して見守りたいと思います。

東京女子医科大学—早稲田大学の連携融合施設(仮称)

東京女子医科大学—早稲田大学の連携融合施設(仮称)

[caption id="attachment_486" align="alignnone" width="256" caption="東京女子医科大学におけるMRIガイド下脳外科手術:摘出腫瘍部位を手術中に随時設定できるMRIシステムを開発"]東京女子医科大学におけるMRIガイド下脳外科手術:摘出腫瘍部位を手術中に随時設定できるMRIシステムを開発[/caption]

先端生命医科学研究所が取り組んでいる研究に関する主要論文

  • 角膜再生:Corneal reconstruction with tissue-engineered cell sheets composed of autologous oral mucosal epithelium. N Engl J Med 351: 1187-1196, 2004
  • 肝組織再生:Engineering functional two- and three-dimensional liver systems in vivo using hepatic tissue sheets. Nature Med 13: 880-885, 2007
  • 心筋再生:Pulsatile myocardial tubes fabricated with cell sheet engineering. Circulation 114: I-87-93, 2006.
  • バイオマテリアル技術:On-chip cell migration assay using microfluidic channels. Biomaterials. 28:4017-4022, 2007.
  • インテリジェント手術:New radiofrequency coil integrated with a stereotactic frame for intraoperative MRI-controlled stereotactically guided brain surgery. Stereotact Funct Neurosurg. 84:136-141, 2006.
  • バイオインフォーマティックス:What’s in season for rheumatoid arthritis patients? Seasonal fluctuations in disease activity. Rheumatology. 46:846-848, 2007.
  • 他詳細

製薬業界の成長期待と医療費削減要求の狭間で – 21世紀のあるべき医療 -

大手コンサルティング会社であるPricewaterhouseCoopers社*の概算によると、平均寿命の延び、高齢化社会、肥満の増加、各国民の収入の増加、地球温暖化**などに伴い、2020年には世界の薬の総売上額が現在の5,200億ドルの2倍以上の1.3兆ドルに達すると予想されています。

製薬業界にとっては受け入れやすいこの成長予想は、翻って医療を受ける国民にとっては単純に考えると薬代が2倍以上になると言うことであり、素直には受け入れ難いものと思われます。もちろん医療には薬だけではなく種々の要素が複雑に絡み合っていますから、単純に薬代が2倍以上になるわけではないですが、製薬業界のこの様な右肩上がりの報告を読む度に疑問がわき上がって来ます。その釈明と言うわけではないのですが、同社のスポークスマンであるFarino氏は、より効果的な薬が開発され、より効果的に病気の予防・治療をすることができれば、たとえそれが高価であっても、実際に症状が悪化した後に施される治療に対する医療費よりも結果として低く抑えることが出来るであろうと述べています。これは、開発された薬が本当に有効であることが前提になります。彼の言葉を実現させるには、製薬企業が真に各個人に最適化され効果的な新薬を開発し、それを最適の投与法で各個人に投与し、一般市場に出回った後もその効果をしっかりとモニターしながら確認することが必要になります。次にその実現に向けての最近の動きを紹介したいと思います。

ポストゲノムのこの21世紀において、我々人類はそのための技術を確立しつつあります。遺伝子に対するゲノミクス(genomics)、RNAに対するトランスクリプトミクス(transcriptomics)、タンパクに対するプロテオミクス(proteomics)、代謝に対するメタボロミクス(metabolomics)などの分野を有機的に統合するのです。いわゆるシステム生物学(Systems Biology)がその統合方法を提供する最有力候補です。その統合技術を基に、各個人のゲノムの情報を出発点とし、各個人の遺伝子の発現度・活性度、体内での種々のタンパクの実際の働き、環境との相互作用などの生体反応に影響を及ぼしうる全ての情報を加味した上で、最適の治療法が施されるような医療、さらに進んでは病気になる前に未然に前病段階を察知し未然に病気を防ぐことが出来るようになるのが医療の理想の形ではないでしょうか。それは同時に、現在大手を振ってまかり通っている杜撰な統計処理に基づいた十把一絡げEBM医療(Evidence Based Medicine)を超越し、各個人に最適化された医療(Personalized Medicine)でもあります。今世紀半ばには、それは必ず実現すると信じています。

20世紀初頭からの物理学の世界における相対論と量子論の発展により、物理学を基盤とする科学、さらにはその科学知見の現実世界への応用としての技術が爆発的に発展し世界を大きく変えたように、21世紀に於いては生命科学が爆発的に発展し人類の健康に大きく貢献することを心から期待しています。人類の叡智を結集すれば決して夢物語では無いと思います。

[脚注]
*世界149ヶ国に14万人の従業員を持つ有数のコンサルティング会社
**地球温暖化により感染症が増加すると仮定