Archive for the ‘科学’ Category.

本田宗一郎の言葉

2009年12月22日付けの産経新聞に掲載された『次代への名言』の中で、以下のような本田宗一郎の言葉が紹介されています。

「技術そのものより、思想が大切だ。思想を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき思想も生まれない」

ここで直ぐに思いついたことが、「思想」を「科学」に置きかえることです。

「技術そのものより、科学が大切だ。科学を具現化するための手段として技術があり、また、よき技術のないところからは、よき科学も生まれない」

良い言葉です。

ちなみに、カリフォルニア州在住の私は日本の新聞を手にとって読む事は適いませんが、iPhoneのおかげで産経新聞を読む事ができます。

生と死の自然史 ― 進化を統べる酸素

多くの生命の生存にとって必要不可欠である一方、生体を攻撃し多大なダメージを与える「酸素」を切り口にして、地球上での生命進化論を解説したすぐれた科学読本です。

地球科学、考古学、生物学、遺伝学、化学、医学等々の驚くほど広範な学術分野の膨大な研究に基づいた、その広範にして深く切り込んだ解説を理解するにはかなりの集中力を持って読み進める必要があります。しかし、そこから得られる地球の歴史、生命進化の歴史、老化の秘密等々、得られる知識も膨大です。

その膨大な知識の中からごく一部を紹介しますと、例えば、老化したミトコンドリアから漏れ出る活性酸素がどれほど生体に取って危険であるか、またそれを防ごうとして必要以上のビタミンCやE、コエンザイムなどの抗酸化物は外部から大量摂取してもほとんど無意味である、さらに、日本人の平均余命が長いのは、高頻度でMt5178Aと言う呼ばれる変異型のミトコンドリア遺伝子を持つことから説明されるかもしれない、等々、どれも非常に興味深いものです。

また、著者の「生物は、自ら火星や金星のような不毛なものとなる運命から地球を救ったのである」と言う言葉は、多くの示唆に富んでいますし、最後で述べられる「幅広く多様なものを食べよ、しかして食べ過ぎるな、過度の清潔を避けよ」と言う言葉も、全編を読み終えた後に読むとその重要性がしっくりと心にしみこみます。

充実した索引、用語解説、参考文献、訳者注も本書の美点です。日本語訳もまずこなれており読みやすい部類に入ります。

地球の生命史を知りたいと思う人に、まとまった時間の取れる時に集中して読まれることをお勧めします。

雲はなぜ落ちてこないのか

深い洞察に基づいた含蓄ある科学読本

宇宙物理学者である佐藤文隆氏が、専門的な数式をいっさい使わずに科学の素晴らしさを幅広い観点からやさしく説いたすばらしい科学読本です。

タイトルだけを見ると「なぜ雲が落ちてこないのか」の説明に終始するような印象を受けますが、実は雲に絡んだ気象の話から始まり、身近なところでは色彩の話、水の話、地球の空、地球と生命の関係、地球環境、などの話題から、太陽、火星、宇宙、素粒子、等々の宇宙的な話題まで、実に幅広い科学分野に話はおよびます。これだけの幅広い分野に関するこの思索に富んだ話題をやさしく解説できる著者に脱帽です。

各々の話題において色々と学ぶところは多かったですが、特に「なぜ山頂は禿げてくるか?」の項では、生物の存在しない世界でなら山頂は自然と禿げてくるのであるが、生物の存在が山頂を禿げることから守っていると言う環境と生物との相互作用の重要さを知り、まさに目から鱗でした。

また、二酸化炭素排出などの人間の活動が地球温暖化に及ぼす影響を過大に取り上げすぎる風潮に対しても、科学者として非常に冷静な立場を取っています。

いづせにせよ、全編を通じて、日本の受験一辺倒教育が殺してきた、日常の一つ一つの現象に対して「なぜ?」「どうして?」と言う素朴な好奇心を持つことの重要さを再認識させてくれます。

日本の科学教育を著者のような人物を中心とした有識者組織に任せれば、現在の不毛な日本の科学教育も改善されると思うのは私だけでしょうか。

世界初の遺伝子組み換え霊長類

実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームが、霊長類として世界初の遺伝子組み換えコモン・マーモセット(南米原産の小型サル)の作出に成功したと言うニュースが飛び込んできました。ライフサイエンスにおける日本発の画期的業績ですので、ここに紹介することにしました。

これまで、医学研究で使われる遺伝子組み換え動物としては、遺伝子組み換えマウスが多方面で応用され、数多くの価値ある成果を生み出してきていますが、マウスと人間の違いが大きく、マウスでの実験結果が必ずしも人間にそのままでは応用できない場面に出くわすことも少なからずあります。その様な状況下で、コモン・マーモセットなどのより人間に近い霊長類の遺伝子組み換え動物の作出が望まれてきました。そして、今回ついに実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームがその遺伝子組み換えコモン・マーモセットの作出に成功したのです。

GFP遺伝子(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Proteinを発現する遺伝子)を組み込まれたコモン・マーモセットの親から生まれた子供もこのGFP遺伝子を受け継ぎ、GFPを発現していることが確認されました(GFPにより紫外線を当てると身体が緑色に発光します)。つまり、遺伝子を組み換えたコモン・マーモセットを安定して作出する技術が確立されたのです。ちなみに、このGFPは1960年代に下村脩氏が発見・分離精製に成功したタンパクで、その後のライフサイエンス研究において欠くべからざる物質となっていることは、彼が本業績で2008年にノーベル化学賞を受賞したニュースもまだ新しいので皆さんもご存じでしょう。日本人研究者の発見が新たな日本人研究者の発見につながるという、非常にうれしいニュースでもあります。

最後に強調しておきたいのは、今回の成果は、実験動物中央研究所の長年の地道で着実な技術の積み重ねと、多くの研究者の弛まぬ努力のたまものであることです。この遺伝子組み換えコモン・マーモセットが医学研究の場で効果的に使われ、人間における発病機序の解明や疾患治療法の開発に貢献できる研究が加速することを期待したいと思います。

ちなみに、本成果はNature誌の最新号(2009年5月28日号)に掲載されています。

Common Marmoset

Common Marmoset

スタンフォード大学の講義I

スタンフォード大学の授業、セミナー、イベントの一部がYouTubeのスタンフォード大学チャンネルで視聴できます。610の動画が登録されています(2009年5月23日現在)。

今回はその中からひも理論*の大家であり「宇宙のランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す」の著者でもあるサスキンド(Leonard Susskind)教授がおこなった、一連の生涯教育講義(Continuing Studies)を紹介したいと思います。現在の所視聴できるのは、以下の古典力学、特殊相対性理論、一般相対性理論、量子力学、Quantum Entanglements(I, III)の6つの講義です。

このような素晴らしい講義を世界中の人に無料で提供しているスタンフォード大学に感謝です。

Lecture 1 | Modern Physics: Quantum Mechanics

[注*] ひも理論(String Theory):宇宙のもっとも基本的な構成要素が「ひも」であるとの仮定に基づき、この宇宙の全ての物理現象を統一的に記述しようとする野心的な理論。いわゆる「究極の理論(Theory of Everything)」の最有力候補と目されてはいるが、まだ実験によって検証可能な明確な予言が無いので、あくまでも仮説の域を脱していない。

JBCセミナー「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー」に参加して

昨日(2009年2月20日)、シリコンバレーにおける日系のバイオ関係者の集まりであるJapan Bio Community(JBC)主催による、エコシステム経済研究所のIsao UENO氏を招いての「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー – 環境調和型材料変換システム”MACS”を用いたバイオマス燃料化技術」フォーラムに参加してきました。

要旨をここに引用しておきます。

バイオマスが拓く21世紀のエネルギーは、自然を利用する究極のエネルギーであり、地球温暖化の元凶である二酸化炭素の排出を、ゼロにできるものです。このバイオマス・エネルギーの最大の特長は、「太陽と同じ」ということで、太陽光と水と二酸化炭素を資源に、無限循環的再生可能に栽培で作り続けることができます。また、バイオマスの埋蔵量は、大気中に二酸化炭素を増やすことなく、世界の全エネルギーの7倍もあります。

バイオマスとはBio「生物」とMass「集まった量」の合成語で、一般的には「生物由来の再生可能な有機性資源」の中で、化石資源を除き、具体的には草本類や木本類全般と食品廃棄物、家畜の排泄物などを指します。バイオエタノールはトウモロコシのような食料から作ることでよく知られていますが、食料を燃料にするのは、人類文化の冒涜ではないでしょうか。一方、同様な用途に使うことができるバイオメタノールは、非食料の草木などのバイオマスから、短時間、小規模で、高効率に作る技術によって、明日からでも使うことができます。

今セミナーでは、バイオマス・エネルギーを理解しながら、地球環境問題への解決と、事業性の両方に利益をもたらすと期待される有望な技術『環境調和型材料変換システムとそのバイオメタノールの燃料化技術』について紹介します。

この要旨から素晴らしい技術の話が聞けると期待に胸をふくらませて参加したのですが、実際にセミナーが始まってみると最初のほぼ8割が地球温暖化に対する警告と自著の宣伝に終始し、なかなか要の『環境調和型材料変換システム(MACS)』の説明をしてもらえません。忍耐強く待った後、やっとMACSの説明に入ったと思ったら、何のことはない『MACSとは、有機廃棄物を摂氏200度、20気圧の水で処理することにより、メタノール等の製造に適した物質に分解する技術』と簡単に述べられただけでした。全くの肩すかしです。

有機廃棄物、特に植物由来のバイオマスは、分解が非常に難しいセルロースヘミセルロースリグニンなどの強固に結びついた繊維質高分子が多くを占めており、それがバイオマスの有効利用を妨げてきた大きな理由です。Wikipediaから引用しますが、例えば、セルロースの分解には硫酸や塩酸が用いられるほか、酵素のセルラーゼが用いられる。リグニンと結合したセルロースは単独状態よりもさらに化学的に安定であるため、分解は非常に困難であり、工業的な利用を妨げている(Wikipediaより)であり、多くの研究者が過去何十年にもわたって、効果的な分解法の研究・開発を行ってきているのですが、その多くが研究の域を脱しておらず、安価な大量処理の実現にはまだまだ時間がかかるというのがこれまでの認識でした。

それを、摂氏200度、20気圧の水で処理するMACS技術により、いとも簡単に実現できると言うのですから、これが本当ならば人類にとって非常に大きな福音になります。

ですので、このMACSと言う技術の詳細を知りたいと思うのは当然のことなのですが、そこを完全にはぐらかされました。非常に残念です。

さらに、分解生成物がどういう物質なのかの質問に対しても、ただ単に分解された物質としか述べず、それが低分子化されたリグニンなのか、あるいは多糖、オリゴ糖、単糖などの糖なのか、それとも有機酸なのかも不明でした。また、窒素などの他の物質の除去方法も具体的な説明はありませんでした。

バイオマスを最大限に有効利用することによって、人類のエネルギー源を限りなくカーボンニュートラルに近い状態に持って行くとの理念は非常にすばらしく、その理念に対しては諸手を挙げて賛成しますが、このように技術やデータを隠されてしまうと少々疑問の念がわき起こったと言うのが正直な所です。

ご参考までに、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの分解は、大きく分けて

  • 物理的分解
  • 化学的分解
  • 生物的分解

の三通りの方法、およびそれらを組み合わせた方法があり、それぞれ実用化に向けた研究がなされています。

例えば京都大学の坂研究室が超臨界水を用いた分解法を研究しています。それによると

  • 微結晶セルロースを流通型超臨界水処理装置を用いて380℃、40MPa(395気圧)の条件下で超臨界水処理すると、0.12秒の処理により約75%の収率で多糖、オリゴ糖、単糖などの糖類が得られる
  • リグノセルロースは超臨界水処理(>374℃、>22.1MPa(218気圧)) により分解され、数種類の有機酸(ギ酸、酢酸、グリコール酸、乳酸、ピルビン酸)にまで分解される。

との由です。

どうもMACS技術はこの超臨界水を用いた分解法と同類の技術(ただし圧力が20気圧と臨界状態の218気圧以上に比べて約10分の1とかなり低い気圧なので超臨界状態ではない。おそらく亜臨界状態と思われる)の様ですが、UENO氏が技術の詳細を明らかにしてくれないので、残念ながら確認はできません。

化学的分解法としては、硫酸を使った加水分解法などがありますし、生物的な分解法としては、リグニン分解能を有する白色腐朽菌を用いた処理法や、2006年5月19日の読売新聞で紹介されている大成建設の取り組みなどがあります。

これらはいづれにせよ、コストダウンが最大の課題となっています。

とにかく、化石燃料への依存度を下げると言う理念には皆が賛同できますし、それを実現させようとする努力も尊いものです。ただ、それが秘密主義に走ってしまってはいけません。本物なら正々堂々と王道を行くべしです。また、UENO氏の公演中、いたずらに危機感を煽る表現の多用や自著の宣伝の繰り返しに加えて、自己矛盾を来す部分が何点か見受けられましたが、それらが彼に対する信頼を失墜させる一要因になったことは間違いないでしょう。非常に残念です。

[補遺]
東北大学未来科学技術共同研究センター阿部敬悦博士よりご教示いただいた木質系バイオマスからバイオエタノールなどのバイオ燃料を製造する工程を紹介します。

原料:木質系バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンから構成されています。セルロースは6炭糖のグルコースのβ-1,4-結合ポリマーであり、ヘミセルロースは、セルロース成分にさらに5炭糖のキシロースやアラビノースを含んだポリマーとなります。リグニンは、フェノール性のポリマー樹脂で、セルロース、ヘミセルロースの木質間を充填しています。

製造プロセスは以下の3プロセスです。

  1. 原料前処理糖化工程ー物理的(熱、臨界点、マイクロウエーブ)、化学的(酸、アルカリ)による糖液の調整→さらに木質ポリマー分解酵素のセルラーゼ、ヘミセルラーゼを組み合わせたシステムが世界的に主流になりつつある(現在は、原料前処理、酵素生産、糖化が別のプロセスになったSimultaneous saccharification and fermentation process) 。将来的には酵素生産と発酵を同時に行うConsolidated bioprocessを目指している。
  2. <この工程のコストダウンが最大の課題>

  3. 2)糖質のエタノール変換:細菌、酵母類に遺伝子組み換えを施し、エタノール生産能を増強したもの、グルコース以外の糖(ヘミセウロース由来の5炭糖ーキシロース、アラビノース等)の発酵性を増強した微生物の利用が推進されている。
  4. <5炭糖発酵能に優れた微生物育種、耐酸性(原料前処理への対応)、耐塩性(原料前処理後の中和塩への対応)、エタノール耐性育種)が課題>

  5. エタノール分離工程:通常は蒸留、場合によっては逆浸透

バイオマス・ニッポン総合戦略などの行程表によれば、2017年あたりまでに、実証プラントによる実証実用化試験を行って、それ以降に生産拡大を目指すとされています。

米国では、エネルギー省のグラントで、NOVOZYME USAが、大型の実証プラント試験を行っています。

2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食の効用

少々旧聞に属しますが、米国医学雑誌JAMA(Journal of American Medical Association)の2008年12月17日号で報告された、2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食と高穀物繊維食の効果を比較した臨床試験を紹介します(”Effect of a Low-Glycemic Index or a High-Cereal Fiber Diet on Type 2 Diabetes – Randomized Trial“, D.J.A. Jenkins et. al.)。

カナダのトロント大学のDavid J. A. Jenkins医師らが中心となり、過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされるヘモグロビンA1Cが6.5%から8.0%の範囲にある2型糖尿病患者に対して、低グリセミック指数食グループと、高穀物繊維食グループの2つのグループに無作為に分け、治療方針を評価する研究(Intention-to-treat analysis)が実施されました。2,200人のボランティアの応募者から、ヘモグロビンA1C値に加えて、年齢、性別、BMIなどを考慮して最終的に210人が選ばれ、本臨床試験に参加することになりました。本研究では、各グループの患者にに対して規定の食事を6ヶ月間続けてもらい、第1指標としてのヘモグロビンA1C、第2指標としての空腹時血糖値と心血管イベントの主要リスクファクター、およびC反応性タンパク、体重、BMIなどが4週間毎に24週間測定されました。

結果
低グリセミック指数食グループではヘモグロビンA1Cが0.5±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値が1.7±0.9mg/dL増加と言う結果が得られました(以下、±エラーはすべて95%信頼区間)。一方、高穀物繊維食グループではHbA1cは0.18±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値は0.2±0.7mg/dL減少(ただし、後者はエラーが大きく実際には有意な変化は無しと捉えるべきでしょう)と言う結果でした。

ここで注目しておきたいデータが、今回の研究の主要指標では無いのですが、近年、心血管イベントの強力なマーカーとして注目されているC反応性タンパク(C-Reactive Protein)の変化です。

炎症マーカーであるこのC反応性タンパクが、低グリセミック指数食グループでは4.6mg/Lから3.0mg/Lに減少(1.6±1.3mg/dL, 35%の減少)、高穀物繊維食グループでも4.6mg/dLから2.8mg/dLに減少(1.8+2.1-2.2mg/L, 39%の減少)と、共に減少している点です(ただし、高穀物繊維食グループではエラーが大きく有意とは言えませんが)。

まとめますと、今回の2型糖尿病患者に対しては、低グリセミック指数食の方が高穀物繊維食より効果的に、ヘモグロビンA1Cを下げ、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げると言うことです。つまり、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことです。

低グリセミック指数食は、そもそもの定義からして同じ炭水化物でも血糖値上昇の度合いが低い食事ですから、その機序からしてヘモグロビンA1Cを下げる効果があることはごく自然に理解できますが、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げる効果が見られたことは注目に値します。実は、低グリセミック指数食が、HDLコレステロール値を上げ [Brand-Miller J et.al. Diabetes Care. 2003;26(8):2261-2267], [Ford ES et.al. Arch Intern Med. 2001;161(4):572-576]、C反応性タンパクを下げる効果 [Liu S et.al. Am J Clin Nutr. 2002;75(3):492-498], [Wolever TMS et.al. Am J Clin Nutr. 2008;87(1):114-125] が見られることは以前の研究でも報告されていました。

いづれにせよ、2型糖尿病患者にとって低グリセミック指数食事により、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことは朗報であることは間違いないでしょう。

さて、ここまでが現在の医学研究において多くの研究者が行っている統計処理データだけを見て得られる結論ですが、私としてはその先を研究したいと言う気持ちがわき起こってきます。それを以下で説明します。

考察
まず、統計処理する前の一人一人の患者のデータを基に、A: 大きな変化、B: 平均に近い変化、あるいは、C: ほとんど変化の見られない患者のグループ、の3グループに分け、さらに詳細なデータ解析を行えばどのような因子がその変化の有る無しと相関関係があるかを知ることができると期待できます。そして相関関係の見つかった因子間で、因果関係を究明する研究を立案するのです。ただその際に、重要と思われる各患者の遺伝子データも取っておく必要があります。この実現の障壁になるのが、集団統計処理データに立脚しすぎてしまっている現代医学界における固定観念と、現在の技術ではまだまだ高価な遺伝子データ取得費用の2つでしょう。後者は技術的問題ですので、技術さえ進歩すれば解決できる問題ですのでここでは特に議論しませんが、前者は「集団統計処理データに始まり、集団統計処理データに終わる」との固定観念に支配されている現代医療界の心理的かつ体制的問題ですので、その打破には巨大なエネルギーが必要です。私の力は微力ですが、提言を繰り返すことによりそのエネルギーのほんの一旦だけでも担えればと思っております。

ただ単なる臨床試験に留まるのではなく、その臨床試験を、得られた結果に基づき生命現象の機序を解明するさらなる研究のきっかけとしてとらえる事により、一つの臨床試験がより実りある多くの研究に繋がる可能性があるのです。

用語解説

  • グリセミック指数
    食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖を100とした場合の相対値で表すとされる。つまりグリセミック指数が低ければ低いほど、食後の血糖値の上昇を抑えられます。

  • 低グリセミック指数食
    ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず:wheat bran)入りのライ麦の黒パン、quinoa(キノア:アンデス地方で栽培される雑穀で、他の雑穀に比べてタンパク質と不飽和脂肪酸を多く含み、糖質が少ない)、flaxseed(アマニ)、オートミール、パスタ、豆類、グリーンピース、レンズ豆、ナッツ類など
  • 高穀物繊維食
    無精白の全粒パン、全粒シリアル、玄米、皮つきのジャガイモなど
  • ヘモグロビンA1C
    HbA1c – glycated hemoglobin A1c:過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされる。HbA1cが6.5%以上の場合、糖尿病と診断する。

参考文献

Science for All Americans: Project 2061

The American Association for the Advancement of Science(アメリカ科学振興協会:Science誌の発行元でもあります)発行の「Science for All Americans」は、普遍的に科学教育の重要性を謳っているすばらしい文書です。その英語も格調高く素晴らしい。

その中から心に留めるべき言葉を以下で抜粋してみます。

Science, energetically pursued, can provide humanity with the knowledge of the biophysical environment and of social behavior needed to develop effective solutions to its global and local problems; without that knowledge, progress toward a safe world will be unnecessarily handicapped. … science fosters the kind of intelligent respect for nature that should inform decisions on the uses of technology … [Reference: Science for All Americans]

特にこの最後のセンテンスの「科学は、自然に対する知性に裏打ちされた畏敬の念を育み、技術をいかに使うべきかという指針を与える」はまさにその通りで、全人類が心すべき認識です。日本では「科学技術」と言うように科学と技術を一体とみなす考え方が、教育者や国の方針を決める人たちの間でもまかり通っていますが、それが大きな混乱の元凶の一つとなっています。「科学」と「技術」は峻別すべし。

実は私が立ち上げたScience and Humanity Innovation Centerの名前は、この文書から受けた感動が原点になっています。

東京女子医科大学先端生命医科学研究所訪問

2007年7月30日に東京女子医大学の先端生命医科学研究所を訪問し、江上美芽客員教授と大橋一夫特任准教授とお話をする機会に恵まれました。初めてお会いする江上教授は、とても上品で清楚な方なのですが、ひとたび研究所の話になると内に秘めた情熱が迸るように話をされ、聞いていた私も時間を忘れてお話に引き込まれました。

さて本研究所は、再生医療本格化のための最先端技術融合拠点たることを理念とし、その理念の基、大きく、先端工学外科学、遺伝子医学、代用臓器学、再生医工学、の4つの分野に集中し、臨床応用に直結した研究が行われています。訪問時現在メンバー構成は、教員 27名(医歯系15名 理工系11名 文系1名)、ポスドク9名、職員15名、大学院生約30名、外研生約50名、海外留学生4名となっています。

今回の訪問で特に私が注目したいのが

  • 大橋准教授が最近世界で最初に成功した機能的人工肝臓の皮下における創出
  • 私立大学の自由度を最大限に生かして1969年に開始された非常にユニークなバイオメディカル・カリキュラム
  • 早稲田大学との医理工学連携融合施

の3つです。以下でこれらの3つの話題をお話ししたいと思います。

機能的人工肝臓の皮下における創出
まず大橋准教授の研究ですが、肝組織工学の第一人者である大橋准教授は、世界をリードする肝臓作製技術の開発を続けており、細胞シート工学を応用することにより肝細胞で構成される肝細胞シートを作製し、それらを皮下に貼布することにより、3次元的な機能的人工肝臓の作出に成功しました。本成果は2007年7月号Nature Medicine誌に発表されています。

肝細胞工学

肝組織工学


温度応答性高分子を固定した特殊培養皿を用いて細胞培養を行うと、培養温度を15分間20度に下げることで、培養皿から細胞をシート状組織として回収できます。この技術は東京女子医大の先端生命医科学研究所所長である岡野光夫教授らが開発した日本発のオリジナル技術です。このシート工学技術により、肝細胞の相互間に微細胆管等の機能的接着のある肝細胞シートを作製できます。皮下部位にあらかじめ血管網を構築した後に、あたかも湿布薬のように肝細胞シートを皮下に貼るだけで、シート1枚で2次元的な人工肝臓が形成されます。細胞シートを4枚重ねて貼る事により3次元の人工肝臓の形成にも成功しました。マウスの実験で200日以上肝臓組織は機能し、薬剤の取り込みや代謝を行うことが確認されました。再生して増えるという肝臓独特の能力もあるといいます。従来の組織工学では、生体にとって異物となる生分解性高分子等をスキャホールドとして用いる必要がありましたが、本技術は肝細胞のみから肝臓を創る画期的な技術と評価されているとの事です。培養時に遺伝子修飾を加えることも容易であり、新しい遺伝子治療法としても注目されそうです。

肝臓を創るという肝組織工学は肝臓病治療の次世代医療として期待されている分野です。大橋准教授は、「“第二の肝臓を創る“という肝組織工学は、ロマンにあふれる開発プロジェクト。しかし、今この時点においても、現存治療では救命できず、命を落としている患者さんが世界中にたくさんいるという現実を背負っており、ゆっくりとはしていられない。アイデアと技術を結集する必要がある」と話しています。先端生命医科学研究所では、肝臓の他に、心臓、角膜、網膜、肺、食道、膀胱、歯根膜などの組織再生を、細胞単位から構築するユニークな取り組みが行われていることを付記しておきます。

バイオメディカル・カリキュラム
次にバイオメディカル・カリキュラムですが、これは専門の医学教育を受けたことのない医療機器開発者や医薬品開発者をはじめとする医療産業従事者を主たる対象者とした1年間にわたる卒後教育カリキュラムです。本カリキュラムは各方面から高い評価を得ており、過去38年間に1,500名を越す方々がカリキュラムを修了し、そこで得た知識と経験を生かして社会で活躍されています。

参加者は、基礎医学講座はもちろんのこと、その座学に終始するのではなく、実際の人体解剖実習、手術室における実際の手術を最初から最後まで見学するなど実際の臨床の場面に立ち会うことになります。

また、本カリキュラム修了生を母体として、卒後教育を行うとともに、日本の未来医学・未来医療について学際的に幅広く考察していく知識集団として、1978年1月に未来医学研究会が発足しました。会員数1,682名(2006年1月4日現在)、年一回の総会、年1回の会誌”未来医学”の発行等の活動を行っています。

早稲田大学との医理工学連携融合施設
もう一つ忘れてはならないのが、2008年4月開所を目標に建設されている東京女子医科大学—早稲田大学連携の医理工学連携融合施設です。これは、スタンフォード大学で言えばBio-Xプログラム(http://biox.stanford.edu/)、あるいはカリフォルニア州立大学の内、シリコンバレー周辺に位置するバークレー、サンフランシスコ、サンタクルーズ校の3校連携によるQB3: California Institute for Quantitative Biosciences(http://www.qb3.org/)と同様に、これまでの日本の旧弊な縦割り組織とは一線を画したより有機的で効果的な医理工連携の実践の場を提供し、基礎バイオ医学研究から臨床までの学際研究を強力に推し進めることを目指しています。日本における新たな学際研究の先導者として大いに発展し指導力を発揮することを期待して見守りたいと思います。

東京女子医科大学—早稲田大学の連携融合施設(仮称)

東京女子医科大学—早稲田大学の連携融合施設(仮称)

[caption id="attachment_486" align="alignnone" width="256" caption="東京女子医科大学におけるMRIガイド下脳外科手術:摘出腫瘍部位を手術中に随時設定できるMRIシステムを開発"]東京女子医科大学におけるMRIガイド下脳外科手術:摘出腫瘍部位を手術中に随時設定できるMRIシステムを開発[/caption]

先端生命医科学研究所が取り組んでいる研究に関する主要論文

  • 角膜再生:Corneal reconstruction with tissue-engineered cell sheets composed of autologous oral mucosal epithelium. N Engl J Med 351: 1187-1196, 2004
  • 肝組織再生:Engineering functional two- and three-dimensional liver systems in vivo using hepatic tissue sheets. Nature Med 13: 880-885, 2007
  • 心筋再生:Pulsatile myocardial tubes fabricated with cell sheet engineering. Circulation 114: I-87-93, 2006.
  • バイオマテリアル技術:On-chip cell migration assay using microfluidic channels. Biomaterials. 28:4017-4022, 2007.
  • インテリジェント手術:New radiofrequency coil integrated with a stereotactic frame for intraoperative MRI-controlled stereotactically guided brain surgery. Stereotact Funct Neurosurg. 84:136-141, 2006.
  • バイオインフォーマティックス:What’s in season for rheumatoid arthritis patients? Seasonal fluctuations in disease activity. Rheumatology. 46:846-848, 2007.
  • 他詳細

Words of Fritjof Capra

物理学者にして作家、教育者であるFritjof Capraの言葉で心に刻みつけておきたい言葉

“… we urgently need a science that honours and respects the unity of all life, recognizes the fundamental interdependence of all natural phenomena, and reconnects us with the living Earth.”

関連書籍
The Hidden Connections: A Science for Sustainable Living