Archive for the ‘科学’ Category.

スタンフォード大学の講義I

スタンフォード大学の授業、セミナー、イベントの一部がYouTubeのスタンフォード大学チャンネルで視聴できます。610の動画が登録されています(2009年5月23日現在)。

今回はその中からひも理論*の大家であり「宇宙のランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す」の著者でもあるサスキンド(Leonard Susskind)教授がおこなった、一連の生涯教育講義(Continuing Studies)を紹介したいと思います。現在の所視聴できるのは、以下の古典力学、特殊相対性理論、一般相対性理論、量子力学、Quantum Entanglements(I, III)の6つの講義です。

このような素晴らしい講義を世界中の人に無料で提供しているスタンフォード大学に感謝です。

Lecture 1 | Modern Physics: Quantum Mechanics

[注*] ひも理論(String Theory):宇宙のもっとも基本的な構成要素が「ひも」であるとの仮定に基づき、この宇宙の全ての物理現象を統一的に記述しようとする野心的な理論。いわゆる「究極の理論(Theory of Everything)」の最有力候補と目されてはいるが、まだ実験によって検証可能な明確な予言が無いので、あくまでも仮説の域を脱していない。

JBCセミナー「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー」に参加して

昨日(2009年2月20日)、シリコンバレーにおける日系のバイオ関係者の集まりであるJapan Bio Community(JBC)主催による、エコシステム経済研究所のIsao UENO氏を招いての「バイオマスが拓く21世紀のエネルギー – 環境調和型材料変換システム”MACS”を用いたバイオマス燃料化技術」フォーラムに参加してきました。

要旨をここに引用しておきます。

バイオマスが拓く21世紀のエネルギーは、自然を利用する究極のエネルギーであり、地球温暖化の元凶である二酸化炭素の排出を、ゼロにできるものです。このバイオマス・エネルギーの最大の特長は、「太陽と同じ」ということで、太陽光と水と二酸化炭素を資源に、無限循環的再生可能に栽培で作り続けることができます。また、バイオマスの埋蔵量は、大気中に二酸化炭素を増やすことなく、世界の全エネルギーの7倍もあります。

バイオマスとはBio「生物」とMass「集まった量」の合成語で、一般的には「生物由来の再生可能な有機性資源」の中で、化石資源を除き、具体的には草本類や木本類全般と食品廃棄物、家畜の排泄物などを指します。バイオエタノールはトウモロコシのような食料から作ることでよく知られていますが、食料を燃料にするのは、人類文化の冒涜ではないでしょうか。一方、同様な用途に使うことができるバイオメタノールは、非食料の草木などのバイオマスから、短時間、小規模で、高効率に作る技術によって、明日からでも使うことができます。

今セミナーでは、バイオマス・エネルギーを理解しながら、地球環境問題への解決と、事業性の両方に利益をもたらすと期待される有望な技術『環境調和型材料変換システムとそのバイオメタノールの燃料化技術』について紹介します。

この要旨から素晴らしい技術の話が聞けると期待に胸をふくらませて参加したのですが、実際にセミナーが始まってみると最初のほぼ8割が地球温暖化に対する警告と自著の宣伝に終始し、なかなか要の『環境調和型材料変換システム(MACS)』の説明をしてもらえません。忍耐強く待った後、やっとMACSの説明に入ったと思ったら、何のことはない『MACSとは、有機廃棄物を摂氏200度、20気圧の水で処理することにより、メタノール等の製造に適した物質に分解する技術』と簡単に述べられただけでした。全くの肩すかしです。

有機廃棄物、特に植物由来のバイオマスは、分解が非常に難しいセルロースヘミセルロースリグニンなどの強固に結びついた繊維質高分子が多くを占めており、それがバイオマスの有効利用を妨げてきた大きな理由です。Wikipediaから引用しますが、例えば、セルロースの分解には硫酸や塩酸が用いられるほか、酵素のセルラーゼが用いられる。リグニンと結合したセルロースは単独状態よりもさらに化学的に安定であるため、分解は非常に困難であり、工業的な利用を妨げている(Wikipediaより)であり、多くの研究者が過去何十年にもわたって、効果的な分解法の研究・開発を行ってきているのですが、その多くが研究の域を脱しておらず、安価な大量処理の実現にはまだまだ時間がかかるというのがこれまでの認識でした。

それを、摂氏200度、20気圧の水で処理するMACS技術により、いとも簡単に実現できると言うのですから、これが本当ならば人類にとって非常に大きな福音になります。

ですので、このMACSと言う技術の詳細を知りたいと思うのは当然のことなのですが、そこを完全にはぐらかされました。非常に残念です。

さらに、分解生成物がどういう物質なのかの質問に対しても、ただ単に分解された物質としか述べず、それが低分子化されたリグニンなのか、あるいは多糖、オリゴ糖、単糖などの糖なのか、それとも有機酸なのかも不明でした。また、窒素などの他の物質の除去方法も具体的な説明はありませんでした。

バイオマスを最大限に有効利用することによって、人類のエネルギー源を限りなくカーボンニュートラルに近い状態に持って行くとの理念は非常にすばらしく、その理念に対しては諸手を挙げて賛成しますが、このように技術やデータを隠されてしまうと少々疑問の念がわき起こったと言うのが正直な所です。

ご参考までに、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの分解は、大きく分けて

  • 物理的分解
  • 化学的分解
  • 生物的分解

の三通りの方法、およびそれらを組み合わせた方法があり、それぞれ実用化に向けた研究がなされています。

例えば京都大学の坂研究室が超臨界水を用いた分解法を研究しています。それによると

  • 微結晶セルロースを流通型超臨界水処理装置を用いて380℃、40MPa(395気圧)の条件下で超臨界水処理すると、0.12秒の処理により約75%の収率で多糖、オリゴ糖、単糖などの糖類が得られる
  • リグノセルロースは超臨界水処理(>374℃、>22.1MPa(218気圧)) により分解され、数種類の有機酸(ギ酸、酢酸、グリコール酸、乳酸、ピルビン酸)にまで分解される。

との由です。

どうもMACS技術はこの超臨界水を用いた分解法と同類の技術(ただし圧力が20気圧と臨界状態の218気圧以上に比べて約10分の1とかなり低い気圧なので超臨界状態ではない。おそらく亜臨界状態と思われる)の様ですが、UENO氏が技術の詳細を明らかにしてくれないので、残念ながら確認はできません。

化学的分解法としては、硫酸を使った加水分解法などがありますし、生物的な分解法としては、リグニン分解能を有する白色腐朽菌を用いた処理法や、2006年5月19日の読売新聞で紹介されている大成建設の取り組みなどがあります。

これらはいづれにせよ、コストダウンが最大の課題となっています。

とにかく、化石燃料への依存度を下げると言う理念には皆が賛同できますし、それを実現させようとする努力も尊いものです。ただ、それが秘密主義に走ってしまってはいけません。本物なら正々堂々と王道を行くべしです。また、UENO氏の公演中、いたずらに危機感を煽る表現の多用や自著の宣伝の繰り返しに加えて、自己矛盾を来す部分が何点か見受けられましたが、それらが彼に対する信頼を失墜させる一要因になったことは間違いないでしょう。非常に残念です。

[補遺]
東北大学未来科学技術共同研究センター阿部敬悦博士よりご教示いただいた木質系バイオマスからバイオエタノールなどのバイオ燃料を製造する工程を紹介します。

原料:木質系バイオマスは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンから構成されています。セルロースは6炭糖のグルコースのβ-1,4-結合ポリマーであり、ヘミセルロースは、セルロース成分にさらに5炭糖のキシロースやアラビノースを含んだポリマーとなります。リグニンは、フェノール性のポリマー樹脂で、セルロース、ヘミセルロースの木質間を充填しています。

製造プロセスは以下の3プロセスです。

  1. 原料前処理糖化工程ー物理的(熱、臨界点、マイクロウエーブ)、化学的(酸、アルカリ)による糖液の調整→さらに木質ポリマー分解酵素のセルラーゼ、ヘミセルラーゼを組み合わせたシステムが世界的に主流になりつつある(現在は、原料前処理、酵素生産、糖化が別のプロセスになったSimultaneous saccharification and fermentation process) 。将来的には酵素生産と発酵を同時に行うConsolidated bioprocessを目指している。
  2. <この工程のコストダウンが最大の課題>

  3. 2)糖質のエタノール変換:細菌、酵母類に遺伝子組み換えを施し、エタノール生産能を増強したもの、グルコース以外の糖(ヘミセウロース由来の5炭糖ーキシロース、アラビノース等)の発酵性を増強した微生物の利用が推進されている。
  4. <5炭糖発酵能に優れた微生物育種、耐酸性(原料前処理への対応)、耐塩性(原料前処理後の中和塩への対応)、エタノール耐性育種)が課題>

  5. エタノール分離工程:通常は蒸留、場合によっては逆浸透

バイオマス・ニッポン総合戦略などの行程表によれば、2017年あたりまでに、実証プラントによる実証実用化試験を行って、それ以降に生産拡大を目指すとされています。

米国では、エネルギー省のグラントで、NOVOZYME USAが、大型の実証プラント試験を行っています。

2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食の効用

少々旧聞に属しますが、米国医学雑誌JAMA(Journal of American Medical Association)の2008年12月17日号で報告された、2型糖尿病患者に対する低グリセミック指数食と高穀物繊維食の効果を比較した臨床試験を紹介します(”Effect of a Low-Glycemic Index or a High-Cereal Fiber Diet on Type 2 Diabetes – Randomized Trial“, D.J.A. Jenkins et. al.)。

カナダのトロント大学のDavid J. A. Jenkins医師らが中心となり、過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされるヘモグロビンA1Cが6.5%から8.0%の範囲にある2型糖尿病患者に対して、低グリセミック指数食グループと、高穀物繊維食グループの2つのグループに無作為に分け、治療方針を評価する研究(Intention-to-treat analysis)が実施されました。2,200人のボランティアの応募者から、ヘモグロビンA1C値に加えて、年齢、性別、BMIなどを考慮して最終的に210人が選ばれ、本臨床試験に参加することになりました。本研究では、各グループの患者にに対して規定の食事を6ヶ月間続けてもらい、第1指標としてのヘモグロビンA1C、第2指標としての空腹時血糖値と心血管イベントの主要リスクファクター、およびC反応性タンパク、体重、BMIなどが4週間毎に24週間測定されました。

結果
低グリセミック指数食グループではヘモグロビンA1Cが0.5±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値が1.7±0.9mg/dL増加と言う結果が得られました(以下、±エラーはすべて95%信頼区間)。一方、高穀物繊維食グループではHbA1cは0.18±0.11ポイント減少、HDLコレステロール値は0.2±0.7mg/dL減少(ただし、後者はエラーが大きく実際には有意な変化は無しと捉えるべきでしょう)と言う結果でした。

ここで注目しておきたいデータが、今回の研究の主要指標では無いのですが、近年、心血管イベントの強力なマーカーとして注目されているC反応性タンパク(C-Reactive Protein)の変化です。

炎症マーカーであるこのC反応性タンパクが、低グリセミック指数食グループでは4.6mg/Lから3.0mg/Lに減少(1.6±1.3mg/dL, 35%の減少)、高穀物繊維食グループでも4.6mg/dLから2.8mg/dLに減少(1.8+2.1-2.2mg/L, 39%の減少)と、共に減少している点です(ただし、高穀物繊維食グループではエラーが大きく有意とは言えませんが)。

まとめますと、今回の2型糖尿病患者に対しては、低グリセミック指数食の方が高穀物繊維食より効果的に、ヘモグロビンA1Cを下げ、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げると言うことです。つまり、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことです。

低グリセミック指数食は、そもそもの定義からして同じ炭水化物でも血糖値上昇の度合いが低い食事ですから、その機序からしてヘモグロビンA1Cを下げる効果があることはごく自然に理解できますが、HDLコレステロール値を上げ、C反応性タンパクを下げる効果が見られたことは注目に値します。実は、低グリセミック指数食が、HDLコレステロール値を上げ [Brand-Miller J et.al. Diabetes Care. 2003;26(8):2261-2267], [Ford ES et.al. Arch Intern Med. 2001;161(4):572-576]、C反応性タンパクを下げる効果 [Liu S et.al. Am J Clin Nutr. 2002;75(3):492-498], [Wolever TMS et.al. Am J Clin Nutr. 2008;87(1):114-125] が見られることは以前の研究でも報告されていました。

いづれにせよ、2型糖尿病患者にとって低グリセミック指数食事により、より良い血糖値コントロールと同時に心血管イベントのリスクを下げる効果が得られる(可能性がある)と言うことは朗報であることは間違いないでしょう。

さて、ここまでが現在の医学研究において多くの研究者が行っている統計処理データだけを見て得られる結論ですが、私としてはその先を研究したいと言う気持ちがわき起こってきます。それを以下で説明します。

考察
まず、統計処理する前の一人一人の患者のデータを基に、A: 大きな変化、B: 平均に近い変化、あるいは、C: ほとんど変化の見られない患者のグループ、の3グループに分け、さらに詳細なデータ解析を行えばどのような因子がその変化の有る無しと相関関係があるかを知ることができると期待できます。そして相関関係の見つかった因子間で、因果関係を究明する研究を立案するのです。ただその際に、重要と思われる各患者の遺伝子データも取っておく必要があります。この実現の障壁になるのが、集団統計処理データに立脚しすぎてしまっている現代医学界における固定観念と、現在の技術ではまだまだ高価な遺伝子データ取得費用の2つでしょう。後者は技術的問題ですので、技術さえ進歩すれば解決できる問題ですのでここでは特に議論しませんが、前者は「集団統計処理データに始まり、集団統計処理データに終わる」との固定観念に支配されている現代医療界の心理的かつ体制的問題ですので、その打破には巨大なエネルギーが必要です。私の力は微力ですが、提言を繰り返すことによりそのエネルギーのほんの一旦だけでも担えればと思っております。

ただ単なる臨床試験に留まるのではなく、その臨床試験を、得られた結果に基づき生命現象の機序を解明するさらなる研究のきっかけとしてとらえる事により、一つの臨床試験がより実りある多くの研究に繋がる可能性があるのです。

用語解説

  • グリセミック指数
    食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖を100とした場合の相対値で表すとされる。つまりグリセミック指数が低ければ低いほど、食後の血糖値の上昇を抑えられます。

  • 低グリセミック指数食
    ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず:wheat bran)入りのライ麦の黒パン、quinoa(キノア:アンデス地方で栽培される雑穀で、他の雑穀に比べてタンパク質と不飽和脂肪酸を多く含み、糖質が少ない)、flaxseed(アマニ)、オートミール、パスタ、豆類、グリーンピース、レンズ豆、ナッツ類など
  • 高穀物繊維食
    無精白の全粒パン、全粒シリアル、玄米、皮つきのジャガイモなど
  • ヘモグロビンA1C
    HbA1c – glycated hemoglobin A1c:過去1〜2ヶ月の血糖値の指標とされる。HbA1cが6.5%以上の場合、糖尿病と診断する。

参考文献

Science for All Americans: Project 2061

The American Association for the Advancement of Science(アメリカ科学振興協会:Science誌の発行元でもあります)発行の「Science for All Americans」は、普遍的に科学教育の重要性を謳っているすばらしい文書です。その英語も格調高く素晴らしい。

その中から心に留めるべき言葉を以下で抜粋してみます。

Science, energetically pursued, can provide humanity with the knowledge of the biophysical environment and of social behavior needed to develop effective solutions to its global and local problems; without that knowledge, progress toward a safe world will be unnecessarily handicapped. … science fosters the kind of intelligent respect for nature that should inform decisions on the uses of technology … [Reference: Science for All Americans]

特にこの最後のセンテンスの「科学は、自然に対する知性に裏打ちされた畏敬の念を育み、技術をいかに使うべきかという指針を与える」はまさにその通りで、全人類が心すべき認識です。日本では「科学技術」と言うように科学と技術を一体とみなす考え方が、教育者や国の方針を決める人たちの間でもまかり通っていますが、それが大きな混乱の元凶の一つとなっています。「科学」と「技術」は峻別すべし。

実は私が立ち上げたScience and Humanity Innovation Centerの名前は、この文書から受けた感動が原点になっています。

ご冗談でしょう、ファインマンさん

1965年に量子電磁気学への貢献に対してノーベル物理学賞を受賞したファインマンの波瀾万丈の半生記、最後まで一気呵成に読んでしまいました。

いたずら好き、実験好き、何でも自分でやってみないと気が済まない性格。ファインマンは少年時代からそのずば抜けた才気煥発さを遺憾なく発揮しています。MITやプリンストンでの蒼々たる学者連中との交友、ロスアラモスでは原爆開発研究に携わりながらも金庫破りの腕を磨いたり、徴兵検査で画一的な対応をする精神科医を手玉に取ったり、と読んでいてあっぱれという気持ちになってきます。

するどい着眼点で物事の本質を見切り、それを表現するために自分流の記号を作り出してしまうあたりは、後に素粒子の相互作用を視覚的かつ直感的に理解できるファインマン・ダイアグラムを編み出していくことになるファインマンの面目躍如たるところですね。

カリフォルニア州の幹細胞研究

カリフォルニア州は、幹細胞および再生医療に関するバイオ医学研究に対して今後10年間にわたり総計30億ドル(毎年3億ドル)の研究資金を供与するというカリフォルニア州条例71を2004年11月に採択しました。この条例の趣旨に基づいて設立されたCalifornia Institute for Regenerative Medicine (CIRM:カリフォルニア再生医療研究所)の本部が、サンフランシスコに設置されることが2005年5月6日に決定しました。

この30億ドル基金の直接の恩恵を受けるのは、まずはカリフォルニア州立大学やスタンフォード大学などの研究大学および基礎医療研究所などの幹細胞研究者達と考えられます。幹細胞に関する基礎研究が強力に推し進められると同時に、世界中から若い優秀な研究者がカリフォルニア州に集まることが期待されます。これらの研究から派生する新たな知見や技術に加えて、大学から経験を積んだ優秀な研究者が産業界に輩出されるにことの相乗作用により、長期的にはバイオ産業界は全体として大いなる恩恵をうけるでしょう。

スタンフォード大学では、この基金から効果的に研究資金を得るために大学が一丸となり、ガンおよび幹細胞バイオ医療研究所(Institute for Cancer/Stem Cell Biology and Medicine)の統括の元、2005年2月に学際的な再生医療プログラム(Program in Regenerative Medicine)が企画されました。このプログラムでは、各研究者の研究資金(Grant)申請に対する規制はされないが、各研究者からの申請を効果的に行うための助言や取りまとめの役目を果たすことが期待されています。認められた研究資金はまずは新たな幹細胞研究のための設備投資に割り当てられ、専用の研究練が建設される予定です。

参考文献:
Planning begins to pursue grants from Proposition 71 stem cell research funds

それに伴い、必然的に新たに研究者が働く機会が増え、研究補助技術者や大学院生の数も増えるでしょう。資金のあるところに人も集まるということです。

この様に、本法案を歓迎しているスタンフォード大学ですが、しかしながら彼らの頭を悩ませている点があります。それは、いかにして米国政府のヒト胚性幹細胞研究に対する厳しいガイドラインに抵触することなく、カリフォルニア州からの研究資金を使用して幹細胞研究を遂行するか、という現実的問題です。特にスタンフォード大学の様な大きな機関は、政府からの調査の対象になる可能性が高く、米国政府資金による研究と、カリフォルニア州のこの基金からの資金による研究を峻別する体制を確立する必要があります。このために、スタンフォード大学ではヒト胚性幹細胞研究委員会(Human Embryonic Stem Cell Research Panel)を設立し、ヒトES細胞に関わる全ての研究を監視する予定です(参考文献:同上)。

提案時から現在に至るまで、本法案に対してスタンフォード大学ほど力を入れてきている組織は他にはないでしょう。特に一ベンチャー企業では、これほどの体制を取ることは不可能であろうと思われます。しかしながら、長期的にはスタンフォード大学発の研究や研究者がベイエリアの企業に輩出され、IT 産業の世界的中心地であるシリコンバレーの形成の基となったスタンフォード大学が、今度は21世紀のバイオ産業の世界的中心地になる礎となり、ベイエリアの大いなる発展に寄与することは間違いないでしょう。

また、サンフランシスコが無料での提供を約束している San Francisco General Hospital内の約4,300m2の研究スペースに研究設備が整えられる事が期待され、それに伴い研究者だけでなく研究補助のための新たな雇用も促進されるでしょう。加えて、市内中心部にモスコーンセンターと言う4万人収容可能な巨大なコンベンションセンターを抱えるサンフランシスコが、より多くのバイオ医療に関する国際会議の開催地になることも想像に難くありません。

さて、この法案を歓迎する声が大きい一方、財政難の州の予算を使ってこの様な「未知の部分が多い」研究をやることに対する疑問の声があります。その疑問に対しては「だからこそ、州政府の様な公的組織が補助すべき」であると答えたいですね。そもそも営利企業は基本的に儲けることが前提となっているので、幹細胞研究の様な実用までに多額の資金と時間を必要とする研究に対しては、よほどの強力な資金的背景と成功への確信がなければ着手しないでしょう。いきおい短期的にリターンのある研究にのみ力を注ぐ傾向があります。また、儲けの出る可能性の少ない研究を避けるので、どうしても対象が偏りがちになります。例えば、患者数が多くて治療法が発見されれば大きな利益が見込めるような疾病に対してなら多額の研究費がつぎ込まれるが、そうでない稀な難病の治療法に対する研究はいきおい取り残されてしまいます。本来ならば、米国政府がこの様な基礎研究の補助をすべきなのですが、現ブッシュ政権がヒト胚性幹細胞研究に対して大きな制限を加えている現状に鑑み、カリフォルニア州のこの幹細胞研究推進法案は高く評価されるべきでしょう。また、例え30億ドルの州の予算を使ったとしても、カリフォルニア州が幹細胞研究の世界的中心になることによる恩恵は、決して小さい物ではないでしょう。スタンフォード大学の経済学者であるLaurence Baer氏らの試算によると、カリフォルニア州はこの投資により120%から236%のリターンを期待できるとの事です。しかしながら何よりも重要なことは、経済的リターンでは無く、人類に対する貢献だと思います。幹細胞研究を行わなかったならば救えなかったであろう命を救うことが可能になるのなら、その恩恵は計り知れないものがあります。自分の家族が、あるいは友人が、現代の医療では不治と見なされ座して死を待つしか無い病に冒されたときに、財政難云々などと言えるのでしょうか?もし、少しでも可能性があるのなら、その可能性を信じ、その実現に全力を傾けることに対して、異議を唱えることは誰にも出来ないでしょう。我々カリフォルニア州住民は、本法案が可決されたことを世界に誇ってもよいのではないでしょうか。それが、世界第5位の経済大国に匹敵する経済規模を持っているカリフォルニア州に科せられた責務であると思います。

ただ、本筋からは離れますが個人的に懸念される事が一点あります。それは、ドットコムバブルがはじけた後もベイエリアで続いている不動産バブルです。この30億ドルのカリフォルニア州法案の可決、その後のカリフォルニア再生医療研究所の本部がサンフランシスコに設立されたことから、ベイエリアへの企業や人の流入が促進され、これ以上の不動産の高騰を招かないかと言うことです。私は、この「ベイエリアの不動産バブル」の検証も近々行ってみたいと思っています。

最後に一言。今回カリフォルニア州が、非常に大きな潜在的可能性を秘める幹細胞研究に対して、30億ドル支援の法案を通したことをカリフォルニア州住民として誇りに思うと同時に、10年後(あるいはそれ以降に)には大きな花が咲き、病に悩む多くの患者に光明がもたらされる事を心から祈る次第です。

磁化ナノ粒子によるガンの超早期発見

シカゴにあるNorthwestern大学の若手教授である、Dr. Chad Mirkinが率いるBio/Nano-Materialグループが開発した磁化ナノ検出粒子技術がバイオ業界の注目を集めています。

以下に要点をかいつまんで説明します。Amine-Functionalized Magnetic Particleと呼ばれる、ナノメーター(10-9m) レベルの大きさの磁気粒子と、検知したい特定のタンパクに結合するモノクローナル抗体を合体させたMagnetic Microparticle Probeと彼らが名付けたナノ粒子を、血液あるいは体液と反応させると、抗体部分が検知したいタンパクと結合します。それらの結合物は磁気を持っていますので、磁石を使ってもれなく集めることが可能になります。これによって、極微量のタンパク質を効率的に検出することが可能になると言うわけです。彼らの技術では、30×10-18 molの極微量のタンパク質を同定できるとのことです。この通常操作に加えてPCR[*注]増幅をかければ、さらに一桁感度が上がり、3×10-18 molの極微量のタンパク質の同定が可能になります。これは、現在一般に利用されている分析法での限界値である3×10-12 molのなんと100万倍も感度が高いことになります。

この技術を応用すれば、磁化ナノ粒子を検体の血液と混合させ磁場を掛けることによって、これまでの試験方法では検出できなかった極微量の疾病マーカータンパクを同定しうることが可能になります。現在のところ、HIV、ガン、BSE、アルツハイマー病などの疾病の超早期診断が可能になるのではと期待されています。詳しくは、Dr. Chad Mirkinの研究室のホームページ
http://www.chem.northwestern.edu/~mkngrp/BioNanomaterials2003rev1.htm および、以下の参考文献を参照してください。

参考文献: Nam, J.-M.; Thaxton, C. S.; Mirkin, C. A. Nanoparticle-based bio-bar codes for the ultrasensitive detection of proteins, Science 2003, 301, 1884-1886.

[*注]PCR — ポリメラーゼ連鎖反応:微量なDNA溶液の中から、自分の望んだ特定のDNA断片(数百から数千塩基対)だけを選択的に増幅させることができる技術(出典:フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』)

網膜異常により視力を失った人に再び光を

本日は、スタンフォード大学における人工網膜開発を紹介したいと思います。

老化現象に伴う黄斑変性症などにより失明した人の視力を回復させるために、眼科医でもあるスタンフォード大学のフィシュマン博士のグループが人工網膜システムの研究開発に取り組んでいます。

これは、黄斑変性症や外傷などにより損傷した網膜を、シリコン素子と人工シナプス回路からなる人工網膜と置き換え、視力を取り戻すという研究です。直感的には、デジタルカメラの受光部であるCCDと類似のシリコン素子が網膜の代わりをし、そのシリコン素子からの信号が視神経末端を経由して脳に送られると考えれば分かりやすいと思います。

重要なのはこの非生命体のシリコン素子と生命体である視神経末端を効果的に接続するインターフェース部分です。そのインターフェースは、グルタミン酸あるいはアセチルコリンなどを含む特別な生化学液からなる神経伝達物質を、視神経末端へ「吹き付ける」ことによって視覚情報を脳に送るという仕組みになっているということです。

この研究は、現在のところまだ動物実験の段階であり、猿あるいは人間への適用にはまだ3年ほどかかるということですが、人工網膜を生きている視神経と連結させて光の信号を脳に送る技術が確立されれば、将来的には黄斑変性症だけではなく、網膜剥離、糖尿病性網膜症、あるいは外傷により失明した人の視力を回復させることも夢ではありません。

この技術の応用例として想像力を働かせれば、例えば望遠ズーム機能を備えた人工眼球と組み合わすことによって普通の何倍もの視力を持った目を作る事も不可能ではないですし、可視光だけではなくて赤外線に高感度の人工網膜に置き換えれば夜間でも高い視力を保つ事が可能になりますね。まさにスタートレックの世界です (スタートレック・ネクストジェネレーションに登場した盲目のジョーディは、「バイザー」という装置の助けを借りて、可視光だけではなくて赤外線から紫外線、果てはラジオ波までを検知し、その信号を脳で捕らえて認識しています)。

彼らの研究からはまさに「目」が離せません。

(参考文献)
“The Artificial Synapse Chip: A Flexible Retinal Interface Based on Directed Retinal Cell Growth and Neurotransmitter Stimulation”, M. Peterman and et. al., Artificial Organs, Volume 27 Issue 11 pp. 975, November 2003

ビッグ・クエスチョンズ―神はいるのか、いないのか 科学が解き明かす12の大疑問

過去数千年にわたって多くの哲学者が問い続けてきた疑問(「時間とは」「存在とは」「宇宙の始まりのその前は」「神はいるのか」「心とは」等々)を12の章に分けて、現代の科学がどこまで回答を与えているのかを一般の読者にも分かりやすく論じています。物理学、認知科学、進化生物学などの最新の成果を基に、これらの疑問に組して行く著者の試みは、読む者の知的好奇心をかき立てると言う意味ではかなりの程度まで成功していると思います。著者はさすがに理論物理学者だけあって超ひも理論やM理論などの最新の物理理論を駆使する一方、西洋哲学、認知科学および分子生物学などの知見も加味しての議論を進めて行くあたりの著者の博識には脱帽です。

ただ各章で論じられている疑問とそれに対する議論はその各々だけでもゆうに1冊の本を必要とするくらいの深い内容ですので、徹底的議論を望む読者には不満が残るかもしれません。また、最新の科学の知見をもってしても答えには限界があることに落胆してしまう箇所もあるかもしれません。参考文献がいっさい引用されていない点も残念です。

訳文は日本語として良くこなれており非常に読みやすく、訳者の日本語表現の力量をうかがわせますが、残念ながら科学の専門家でない事から来る誤訳あるいは適切でない表現が何か所があります。例えば、291ページの「電子はすべて負の電荷を帯び、原子核に引き寄せられているが、同時に両者は互いに反発しあっている」の最後の部分は「同時に電子同士は互いに反発しあっている」とするべきです。

最後になりますが、著者が読者に最も伝えたかった「疑問を持つこと」の重要さは十分に読者に伝わると思います。