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カリフォルニア州の幹細胞研究

カリフォルニア州は、幹細胞および再生医療に関するバイオ医学研究に対して今後10年間にわたり総計30億ドル(毎年3億ドル)の研究資金を供与するというカリフォルニア州条例71を2004年11月に採択しました。この条例の趣旨に基づいて設立されたCalifornia Institute for Regenerative Medicine (CIRM:カリフォルニア再生医療研究所)の本部が、サンフランシスコに設置されることが2005年5月6日に決定しました。

この30億ドル基金の直接の恩恵を受けるのは、まずはカリフォルニア州立大学やスタンフォード大学などの研究大学および基礎医療研究所などの幹細胞研究者達と考えられます。幹細胞に関する基礎研究が強力に推し進められると同時に、世界中から若い優秀な研究者がカリフォルニア州に集まることが期待されます。これらの研究から派生する新たな知見や技術に加えて、大学から経験を積んだ優秀な研究者が産業界に輩出されるにことの相乗作用により、長期的にはバイオ産業界は全体として大いなる恩恵をうけるでしょう。

スタンフォード大学では、この基金から効果的に研究資金を得るために大学が一丸となり、ガンおよび幹細胞バイオ医療研究所(Institute for Cancer/Stem Cell Biology and Medicine)の統括の元、2005年2月に学際的な再生医療プログラム(Program in Regenerative Medicine)が企画されました。このプログラムでは、各研究者の研究資金(Grant)申請に対する規制はされないが、各研究者からの申請を効果的に行うための助言や取りまとめの役目を果たすことが期待されています。認められた研究資金はまずは新たな幹細胞研究のための設備投資に割り当てられ、専用の研究練が建設される予定です。

参考文献:
Planning begins to pursue grants from Proposition 71 stem cell research funds

それに伴い、必然的に新たに研究者が働く機会が増え、研究補助技術者や大学院生の数も増えるでしょう。資金のあるところに人も集まるということです。

この様に、本法案を歓迎しているスタンフォード大学ですが、しかしながら彼らの頭を悩ませている点があります。それは、いかにして米国政府のヒト胚性幹細胞研究に対する厳しいガイドラインに抵触することなく、カリフォルニア州からの研究資金を使用して幹細胞研究を遂行するか、という現実的問題です。特にスタンフォード大学の様な大きな機関は、政府からの調査の対象になる可能性が高く、米国政府資金による研究と、カリフォルニア州のこの基金からの資金による研究を峻別する体制を確立する必要があります。このために、スタンフォード大学ではヒト胚性幹細胞研究委員会(Human Embryonic Stem Cell Research Panel)を設立し、ヒトES細胞に関わる全ての研究を監視する予定です(参考文献:同上)。

提案時から現在に至るまで、本法案に対してスタンフォード大学ほど力を入れてきている組織は他にはないでしょう。特に一ベンチャー企業では、これほどの体制を取ることは不可能であろうと思われます。しかしながら、長期的にはスタンフォード大学発の研究や研究者がベイエリアの企業に輩出され、IT 産業の世界的中心地であるシリコンバレーの形成の基となったスタンフォード大学が、今度は21世紀のバイオ産業の世界的中心地になる礎となり、ベイエリアの大いなる発展に寄与することは間違いないでしょう。

また、サンフランシスコが無料での提供を約束している San Francisco General Hospital内の約4,300m2の研究スペースに研究設備が整えられる事が期待され、それに伴い研究者だけでなく研究補助のための新たな雇用も促進されるでしょう。加えて、市内中心部にモスコーンセンターと言う4万人収容可能な巨大なコンベンションセンターを抱えるサンフランシスコが、より多くのバイオ医療に関する国際会議の開催地になることも想像に難くありません。

さて、この法案を歓迎する声が大きい一方、財政難の州の予算を使ってこの様な「未知の部分が多い」研究をやることに対する疑問の声があります。その疑問に対しては「だからこそ、州政府の様な公的組織が補助すべき」であると答えたいですね。そもそも営利企業は基本的に儲けることが前提となっているので、幹細胞研究の様な実用までに多額の資金と時間を必要とする研究に対しては、よほどの強力な資金的背景と成功への確信がなければ着手しないでしょう。いきおい短期的にリターンのある研究にのみ力を注ぐ傾向があります。また、儲けの出る可能性の少ない研究を避けるので、どうしても対象が偏りがちになります。例えば、患者数が多くて治療法が発見されれば大きな利益が見込めるような疾病に対してなら多額の研究費がつぎ込まれるが、そうでない稀な難病の治療法に対する研究はいきおい取り残されてしまいます。本来ならば、米国政府がこの様な基礎研究の補助をすべきなのですが、現ブッシュ政権がヒト胚性幹細胞研究に対して大きな制限を加えている現状に鑑み、カリフォルニア州のこの幹細胞研究推進法案は高く評価されるべきでしょう。また、例え30億ドルの州の予算を使ったとしても、カリフォルニア州が幹細胞研究の世界的中心になることによる恩恵は、決して小さい物ではないでしょう。スタンフォード大学の経済学者であるLaurence Baer氏らの試算によると、カリフォルニア州はこの投資により120%から236%のリターンを期待できるとの事です。しかしながら何よりも重要なことは、経済的リターンでは無く、人類に対する貢献だと思います。幹細胞研究を行わなかったならば救えなかったであろう命を救うことが可能になるのなら、その恩恵は計り知れないものがあります。自分の家族が、あるいは友人が、現代の医療では不治と見なされ座して死を待つしか無い病に冒されたときに、財政難云々などと言えるのでしょうか?もし、少しでも可能性があるのなら、その可能性を信じ、その実現に全力を傾けることに対して、異議を唱えることは誰にも出来ないでしょう。我々カリフォルニア州住民は、本法案が可決されたことを世界に誇ってもよいのではないでしょうか。それが、世界第5位の経済大国に匹敵する経済規模を持っているカリフォルニア州に科せられた責務であると思います。

ただ、本筋からは離れますが個人的に懸念される事が一点あります。それは、ドットコムバブルがはじけた後もベイエリアで続いている不動産バブルです。この30億ドルのカリフォルニア州法案の可決、その後のカリフォルニア再生医療研究所の本部がサンフランシスコに設立されたことから、ベイエリアへの企業や人の流入が促進され、これ以上の不動産の高騰を招かないかと言うことです。私は、この「ベイエリアの不動産バブル」の検証も近々行ってみたいと思っています。

最後に一言。今回カリフォルニア州が、非常に大きな潜在的可能性を秘める幹細胞研究に対して、30億ドル支援の法案を通したことをカリフォルニア州住民として誇りに思うと同時に、10年後(あるいはそれ以降に)には大きな花が咲き、病に悩む多くの患者に光明がもたらされる事を心から祈る次第です。

血中ガン細胞濃度を測定することによる乳ガン診断

テキサス大学のM.D.アンダーソン癌センターのMassimo Cristofanilli医師を中心とするグループが、遠隔転移を持つ乳ガン患者177人を対象に行った二重盲検試験から、血中がん細胞濃度の高い患者のガン進行率が高く、生存率が低いことを証明するデータを得たとの報告を2004年8月19日号のThe New England Journal of Medicineに発表しました。ちなみに、本発表はかなり注目度が高く、ロイター、共同通信(AP)、Detroit Free Press、The Global and Mail、WebMD、Xinhuanet News(北京)等でも一斉に取り上げられています。

彼らの主張によると、遠隔転移を持つ乳ガン患者の内、血中ガン細胞数が7.5ml中5個未満の患者と 5個以上の患者では、有意に生存率が違うと言うことです。具体的には、前者の患者グループの無進行生存月数の中央値が7ヶ月であるのに対して、後者の患者グループではたったの2.7ヶ月です。この結果は、血中にガン細胞が多く流れ込んでいる患者の予後は悪いというごく自然な予測と一致します。

さて、この事実に加えて、本試験が持つ重要な意義は、血中の微量のガン細胞が測定できる技術が開発されているという事実にあると思います。この技術は、米国Veridex社が開発したCellSearch Systemと呼ばれる最新の血中ガン細胞濃度測定法です。今回は乳がんを対象に生存率の調査が行われましたが、本技術は、結腸がん、肺がん、前立腺がんなどの他のガンの予後診断・予測にも応用が考えられています。さらに、単に予後診断だけではなく、簡易で非侵襲的な治療効果の判定法にもなりますし、より微量のガン細胞が測定できるようになれば、スクリーニングとしてのがん診断にも応用できる可能性があります。本測定法を、ガン遺伝子診断や発現タンパク質診断などと組み合わせれば、簡便でより確度の高いガンの早期診断法への道が開けてくるのではないでしょうか。

しかしながら、多くの医師や研究者によるこうした数々努力にも拘わらず、2004年には米国だけでもガンによって約56万人もの犠牲者が出ると予測されています (M.D.アンダーソン癌センター、Clifton Leaf教授言)。この犠牲者数は、1971年に米国ガン法(National Cancer Act)が制定された当時と比べても実はほとんど減少していないのです。ガンに関する人類の知見はこの30年で確かに飛躍的に深まってはいるものの、ガンの発現の想像以上の複雑さが、ガンの根本治療の妨げになっているように思われます。その上、多くの研究者は細分化された特定のガンの個別の研究にのみ専念する傾向があり、生体内で発現するガンを総体として見ることを怠っているのではないでしょうか。

最後は表題から少々脱線してしまいましたが、がん研究・医療に携わるすべての者が、個々の成果に一喜一憂することなく、「実際に人の命を守る」という大前提を常に忘れずに、着実にがん研究を推進させていってもらいたいものです。