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世界初の遺伝子組み換え霊長類

実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームが、霊長類として世界初の遺伝子組み換えコモン・マーモセット(南米原産の小型サル)の作出に成功したと言うニュースが飛び込んできました。ライフサイエンスにおける日本発の画期的業績ですので、ここに紹介することにしました。

これまで、医学研究で使われる遺伝子組み換え動物としては、遺伝子組み換えマウスが多方面で応用され、数多くの価値ある成果を生み出してきていますが、マウスと人間の違いが大きく、マウスでの実験結果が必ずしも人間にそのままでは応用できない場面に出くわすことも少なからずあります。その様な状況下で、コモン・マーモセットなどのより人間に近い霊長類の遺伝子組み換え動物の作出が望まれてきました。そして、今回ついに実験動物中央研究所の佐々木えりか研究員が中心となったチームがその遺伝子組み換えコモン・マーモセットの作出に成功したのです。

GFP遺伝子(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Proteinを発現する遺伝子)を組み込まれたコモン・マーモセットの親から生まれた子供もこのGFP遺伝子を受け継ぎ、GFPを発現していることが確認されました(GFPにより紫外線を当てると身体が緑色に発光します)。つまり、遺伝子を組み換えたコモン・マーモセットを安定して作出する技術が確立されたのです。ちなみに、このGFPは1960年代に下村脩氏が発見・分離精製に成功したタンパクで、その後のライフサイエンス研究において欠くべからざる物質となっていることは、彼が本業績で2008年にノーベル化学賞を受賞したニュースもまだ新しいので皆さんもご存じでしょう。日本人研究者の発見が新たな日本人研究者の発見につながるという、非常にうれしいニュースでもあります。

最後に強調しておきたいのは、今回の成果は、実験動物中央研究所の長年の地道で着実な技術の積み重ねと、多くの研究者の弛まぬ努力のたまものであることです。この遺伝子組み換えコモン・マーモセットが医学研究の場で効果的に使われ、人間における発病機序の解明や疾患治療法の開発に貢献できる研究が加速することを期待したいと思います。

ちなみに、本成果はNature誌の最新号(2009年5月28日号)に掲載されています。

Common Marmoset

Common Marmoset

ヒト胚性幹細胞に基づく脊髄損傷治療法に対する世界で最初の臨床試験

ヒト胚性幹細胞に基づいた治療薬・治療法を開発しているGeron社(米国カリフォルニア州Menlo Park市)が、米国Food and Drug Administration(FDA)に提出していた急性期脊髄損傷の治療候補薬GRNOPC1の臨床試験開始申請(Investigational New Drug (IND) application)に対して、本日(2009年1月23日)ゴーサインが出されました。これはヒト胚性幹細胞に基づいた治療薬・治療法(human embryonic stem cell (hESC)-based therapy )に対する世界で最初の臨床試験となります。ちなみに、この臨床試験開始申請書は、前臨床試験として実施された24の動物試験結果を含み、総ページ数はなんと21,000ページにも達する膨大なものです。

今回のゴーサインにより、Geron社が保有するヒト胚性幹細胞(hESC: human embryonic stem cells)バンクから分化・作製されたオリゴデンドロサイト前駆細胞(oligodendrocyte progenitor cells)を含むGRNOPC1を、患者の脊髄損傷を受けた部位に直接注入することにより脊髄神経機能の回復を促す治療法に対する第1相臨床試験がスタートします。まずは全米で7つの医療センターが選ばれ、そこで対象となるボランティア患者に対して臨床試験が行われます。第1相臨床試験ですので、主エンドポイント(primary endpoint)は安全性の確認ですが、副次エンドポイント(secondary endpoint)として有効性の確認もプロトコルに含まれています。

ラットを使った実験では、脊髄損傷を被った部位にGRNOPC1を注入することにより、損傷部位周辺におけるミエリンの再生および神経の成長がみられ、運動機能の回復がみられています。(Journal of Neuroscience, Vol. 25, 2005)

さらに、副作用を調べた動物実験から、以下の事が確認されています。

  • 脊髄損傷を受けたラットとマウスに対するGRNOPC1の投与後12ヶ月間に奇形種(teratoma)形成が無い
  • 脊髄外への注入細胞の浸潤が少ない
  • 神経障害性の痛みを誘発しない
  • 全身毒性(systemic toxicity)が無い
  • 死亡率を上げない

また、GRNOPC1は試験管レベルの実験で自己血清、NK細胞、T細胞に認識されない、つまり拒絶反応が少ないことが解っており、免疫抑制剤の使用を最低限に抑えることが可能になっています。(Journal of Neuroimmunology, Vol. 192, 2007)

今回のFDAの決定を受けて、Geron社のCEOであるThomas Okarma博士は以下のような声明を発表しています。

“The FDA’s clearance of our GRNOPC1 IND is one of Geron’s most significant accomplishments to date,” said Thomas Okarma, Ph.D., M.D., Geron’s president and CEO. “This marks the beginning of what is potentially a new chapter in medical therapeutics – one that reaches beyond pills to a new level of healing: the restoration of organ and tissue function achieved by the injection of healthy replacement cells. The ultimate goal for the use of GRNOPC1 is to achieve restoration of spinal cord function by the injection of hESC-derived oligodendrocyte progenitor cells directly into the lesion site of the patient’s injured spinal cord.”

「一度損傷を受けた成人哺乳類の中枢神経系は再生しない(Cajal 1921)」と長年言われてきましたが、いよいよ神経再生治療が現実のものとなってきました。Geron社を支援しているChristopher & Dana Reeve Foundationの創設者でもある故Crhistopher Reeve氏(映画Supermanの主人公:落馬事故で脊髄損傷を受け完全四肢麻痺であった)の願いが叶う日もそう遠くはないかもしれません。ただし現在のところ、本治療法の適用を受けるのは脊髄損傷後7-14日間の患者に限られています。

日本でも慶応大学医学部の岡野栄之教授が率いる脊髄損傷グループ実験動物中央研究所と共同で、神経幹細胞を使った脊髄損傷治療法の開発を行っています。これまでは有効な治療法の無かった脊髄損傷に対して、世界中の医学研究グループが切磋琢磨し、効果が高く副作用の少ない治療法が確立され、一人でも多くの患者が救われる日が一日も早く来ることを祈念します。

参考文献