March 26, 2010, 11:49 pm
本書のタイトルの「大往生の条件」からすると、一般人が「大往生」するにはどうすれば良いかを説いていると思えますが、実際には一般人向けと言うよりは、医学・医療の世界を目指している若者に向けた書と捉えた方がより良く本書の内容を表していると思います。
感染症などの急性疾患に対しては十把一絡げ的な対処法によって絶大な威力を発揮した西洋医療も、ガン、心疾患、糖尿病などのいわば慢性疾患に対しては画一的な治療法では完治が望めない場合が多々あると言う現実に直面しています。
このような現実を目の当たりにしてきた著者は、長年、僻地医療に携わってきた経験を基に、『人間が人間として人間の世話をする「ケア」である医療』と言う医療の原点に立ち返ることにより、今後の医療の在り方を問いただしています。
その上で、「大往生=畳のうえで死ぬ」ための条件として
1)大きな病気をしないこと(一病息災)、
2)子や孫、隣人から尊敬されるお年寄りであること、
3)年寄りを尊敬する、よい子や孫を育てていること、
4)在宅で看取れる人的、物的環境が整っていること、
の4つを挙げています。1は日頃から健康に留意してればある程度までは可能ですが、個人の力ではどうしようも無い部分もあります。2と3は個人の心がけ次第です。4に関しては個人の問題と言うよりも社会全体の問題と言えるでしょう。
医学・医療の世界を目指している若者に向けた書と述べましたが、もちろん一般人にとっても、大往生を遂げるための日頃からの心構えや、もし自分がなんらかの重篤な病気に罹った場合に、いかに医師に対して自分の意志を伝え、供に治療に取り組み、かつ周囲の人と接していくのか、に関する心の準備をしておく一助となるでしょう。
January 11, 2009, 11:02 pm
生命科学・医学研究、臨床試験などの情報量が増大の一歩を辿り、ますます細分化・専門化しつつある医学・医療界の趨勢に鑑みて、「本当にこれで患者は幸せになれるのか?」との疑問が日々強くなってきています。
そこで、私が考える理想の医師(差し支えなければこの「医師」を一人の医師では無く、有機的な協力の出来る医療チームと読み替えてもらっても構いません)像とそれをサポートするシステムを提案してみようと思います。
理想の医師の条件:以下の8つの条件を全て満たす
- 人間に関する分子レベルから身体レベルまでのミクロからマクロにわたる生命科学・医学分野に網羅的に精通
- 分野を問わず、過去から現在までの臨床研究や基礎医学研究成果に網羅的に精通
- 2の各研究成果の意義・価値判定能力
- 検査・診断・治療用のあらゆる医療システムに網羅的に精通
- 患者のゲノム情報、遺伝子発現情報、生理活性状態、腸内細菌状態、生活習慣、生活環境、精神状態、家族関係、社会関係、価値観などの患者固有の情報を網羅的に把握(真の個人最適化医療:personalized medicine)
- 上記1、2、3、4、5の網羅的情報を基に、総合的観点から目の前の患者に最適の検査法、治療法、予防法を選択
- 6で選択された治療法・予防法を的確に実施し完遂させ、患者(病気ではなく)を治療、あるいは病気を未然に防ぐ能力
- 人間として常に目の前の患者によりそえる全人格的態度
もし実際にこれらの8つの条件を全て満たせば、果たしてその医師は本当に理想の医師と言えるでしょうか?これをまずは世に問いたいと思います。
さて、もしこの様な医師が理論上(in principle)理想だと仮定した場合、次に問題になるのが現実の世界(in practice)で「果たしてこれは実現可能なのか?」ということです。しかしながら、実際に上記8つの条件を全て満たす事は有限の能力しか持ち得ない人間だけでは実現不可能であることは、論を待たないでしょう。
そこで提案したいのは、「医師が、生身の人間としての医師でなければ出来ないことにのみ集中できる」ような総合医療サポートシステム(Comprehensive Medical Support System: CMSS)の構築です。
つまり、上記1から6までの条件で、膨大で多岐にわたる生命科学および医学の知見やデータの取り扱い、処理、検索、分析などの部分を、可能な限りコンピュータ、ロボット、人工知能などのITで肩代わりさせることにより、医師が7と8に集中できるようサポートするシステムです。ただし、このシステムはただ単に電子カルテや細分化されたBioinformaticsなどのいわば単独単純なITではなく、いわば1から6までを総合的かつ網羅的に実現しうるソフトウェアとハードウェアに、各医師の能力や癖までを把握しうる高度なアルゴリズムと、効果的なマン・マシーン・インターフェースを組み込んだ総合システムです。
このようなシステムを構築できれば、医師あるいは医療チームは、本来人間としての医師あるいは医療チームが取り組むべき医療行為のみに専心できるのではないでしょうか。
ただし、1と2の中でも要となる知識だけはこれまで通り自分のものにしておく必要がありますし、3と6の判断が入るプロセスにおいては、このシステムはあくまでも医師の最終判断をサポートする補助的役割を果たすに留めておくべきでしょう。
そして最も重要なのが、このCMSSシステムが患者にとって最善の結果をもたらすように設計され使用されることです(患者のために:patient centered)。
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December 13, 2008, 7:57 pm
疾病発症要因・機序・経路を解明出来る医学が、疾病予防・早期発見・早期治療を実現させる本当の医療に結びつく
November 14, 2008, 8:33 pm
要約
統計処理データに重きを置き、分散技術化してしまった現代医学およびその臨床実践の場である医療を、もう一度科学の原点から生命を見直すことにより、
- 何人にとっても安心立命を得られる医療の実現
- 科学的データに基づいた真の個人最適化医療の実現
- 健康を維持出来る全人医療の実現
を目指す。
背景
単一要因による急性期疾患に対しては絶大な効果を発揮した西洋医学であるが、ガン・循環器疾患・糖尿病などのいわば複合要因の複雑に絡み合った非急性期疾患治療に対しては大きな壁にぶつかっている。それを打破するには、現象を観察してそれに対処すると言うこれまでに医学が取ってきた方法論ではなく、現象の背後に潜む法則を看破し、その法則から演繹される予測を実験で確認するという科学的方法論を医学、そしてそれの臨床実践である医療の世界に持ち込む必要がある。
その際に重要になるのが、人間は、
- 非線形(non-linear)の複雑系(complex system)である
- 外界と常に相互作用を持ちながらも高度に秩序立ち恒常性を持った自立系である
- 各個人は遺伝的・生理活性的に独自のシステムであ
という認識である。このように生体は外界との相互作用を持つ開かれた非線形の複雑系であることから、限られた特定の単一因子遺伝子疾患や感染症などを除いて、複数の内的・外的要因が非線形的に複雑に絡み合い、相互に関連した複数の非線形生理活性反応の結果、種々の症状となって顕在化するのである。この認識に立てば、現在多くの薬や治療法が担っている単一の因子を抑制したり促進させたりする要素還元論的方法論(reductionism)に限界があることは自明である。さらには、各個々人の遺伝的背景および生理活性反応がバラエティに富んでいると言う事実からも、そのような単純な方法論には限界があることは想像に難くない。
一方、現在、新薬・新規治療法認可当局(日本の厚生労働省、アメリカのFood and Drug Administrationなど)が、新薬(新規治療法)候補に対して要求している、既存薬(既存治療法)に対する統計的優位性を示すデータに基づく認可システムでは、統計処理された大規模臨床試験データのみを判断材料としているために、本来なら生体の科学的理解にとって根源的重要性を持っている個々人の薬物(治療法)反応データが利用されていない。莫大な資金($100M超)を投入して新薬開発とその有効性を確かめる大規模臨床試験を行っているにも関わらず、認可の目的のために統計処理したデータのみを活用しているのは、ただ単に無駄であるだけでなく貴重な資源を捨て去っていると言う点で人類に対する罪悪でもある。個々人のデータにこそ宝が眠っているのである。ある薬剤を投与した(治療法を施した)際に、個々人の体が総体としていかに反応するかを詳細に調べ、そこに因果関係および法則性を見い出し、根本機序を解明することが真の科学としての医学の発展に繋がるのである。そのためにも、資本主義市場原理に則って行われている現在の認可のみを目標とした企業、およびその影響下にある開発者の姿勢を改めることが急務であると共に、認可当局にも働きかけこの様な非科学的閉塞状況を打開していく必要がある。
この様な現在の新薬・新規治療法認可プロセスに支配されざるを得ない医療環境下においては、現在のEvidence Based Medicine (EMB)は、厳密な科学的観点からするとあくまでも「統計処理されたデータに基づいた医療」であり、決して「科学的証拠に基づいた医療:Scientific Evidence Based Medicine (SEBM)」では無い。真のSEBMでは、各個々人の遺伝 (genetic)、生理活性 (physiological)、生活習慣 (lifestyle) データに基づき、どの薬あるいは治療法がどのような効果をもたらすかを予め予測し、それに従って最適の投薬あるいは治療を施す事が可能になる。
最後に、現在行われている医療はそのほとんどが実質「病気になったら治療する」と言う後手後手のsick careである。今世紀以降、全世界的に否が応でも進む高齢化社会において、このような後手後手のsick careでは医療費の高騰はされられない。この問題を根本から解決するには、個々の薬や治療法を開発すること以上に、「健康状態を維持し、そもそも病気に罹らないようにする」と言う積極的な真のhealth careを確立することが必要である(From sick care to real health care)。
以下では、科学の原点から生命を見直すことにより、この真のhealth careをいかに確立していけばよいかの提案をする。
科学的全人医療システム
科学的全人医療システムとは、「健康状態を最大限維持するために、定期的健康モニターを行い、健康状態からの逸脱が見つかればそれを直ちに発見し、各個々人の体内で生起する現象を総合的に記述するモデルから得られる科学的データに基づきその逸脱を修復する」事を目指す医療システムである。
では現実的にどうすればそのような科学的全人医療システムを実現できるのか?
その実現のために以下の3つの柱を提案する。
- Life Simulation – For effective drug development and therapeutic research for individuals
- Health Monitoring – For early detection of abnormality based on the concept of disease prevention – From sick care to real health care
- Comprehensive Biomedical Database for Individuals – For the backbone of Life Simulation and Health Monitoring
以下では、これら3つの柱を個別に説明する。
- Life Simulation
非線形(non-linear)の複雑系(complex system)と言う生体の持つ特徴から、人間を要素還元論的方法論で記述し尽くすことは、例え原理的に可能であったとしても、有限の能力しか持ち得ない人間には現実的には不可能である。つまり生体内で生起する全ての現象を総合的に記述する方程式が例え得られたと仮定しても、それを解析的に解くことは現実的に不可能である。これは物理学における3体問題ですら、解析的に解き得ないことからも簡単に想像がつく。物理学ではこの3体問題の解を数値計算あるいはsimulationによって得ている。一般化して説明すると、生物学を除く科学や工学の世界では、資金・設備・安全面などから来る制限により実験が困難な場合や、方程式が解析的に解けない場合、理論やモデルの正当性を評価するためにcomputer simulationによって実験を模擬することが日常的に行われている。さて現在、薬物動態や薬の効果・副作用などの外部擾乱因子の生体内(in vivo)における反応の確認は、動物実験とそれに引き続く人間に対する臨床試験に大きく依存しているが、そこには以下のような明らかな限界が2つある。
- 動物と人間とは違う。どれだけ動物で実験しても人間への外挿には限界がある。
- 同じ人間であっても個々人は違う。大規模臨床試験ではせっかく得られた個々人のデータを統計処理してしまい、本当に重要な個々人のデータを捨ててしまっている。つまり本来は価値ある個々人のデータを得ているのに、それを統計処理で希釈し、本来データが持つ個々人の豊富な情報量を捨ててしまっている。
この2つの問題を同時に解決しえる候補技術の一つが、外部擾乱因子に対して生体中の反応を総合的にシミュレーションするLife Simulationである。Life Simulationの目的は、外部擾乱因子に対して生体中の反応を総合的にシミュレーションすることにより、種々の外部擾乱因子に対して総体としての生体がどのように反応するかを計時的に見ることである。このLife Simulationは、使用されるsimulation parametersを各個々人に対して最適化することにより、personalized medicineの実現に寄与し得る。そのシミュレーションを完成させる途上で、人の全遺伝子や遺伝子発現状態の安価で簡便な測定法の開発に加えて、相当の動物実験と最低限の臨床試験が必要不可欠である。動物実験によってLife Simulationの基盤部分の精密化を図り、それを臨床試験時に得られた個々人の反応データ(後述のComprehensive Biomedical Database for Individualsを参照)をインプットとし、各個人のsimulation parametersを最適化していく。
以上により、各個々人が自分自身に最適化されたsimulation parametersを持つLife Simulationシステムが提供される。それにより、治療や投薬が必要になった場合に、まずシミュレーションにより最適の治療法や薬を見つけ、その情報に基づいて治療法や投薬を施す事が可能となる。
- Health Monitoring
各個々人の健康状態を定期的にモニターし、もしその人のBiomedical Databaseに記録されている定常状態からはずれた状態が観測された場合にすぐに警告を発し、同時に何が問題かも指摘するモニター・警告システム。
生命という物は有る程度の擾乱があっても定常状態を保つホメオスタシスを持っている。それは単純化すれば、通常生体というのは健康ポテンシャル(補遺参照)の最小値(安定値)にあることを意味している。逆に非健康状態と言うのは、その人の状態が健康ポテンシャルの最小値からずれている、あるいは、ポテンシャルの形が異常になっているかのどちらかと考えられる。そこで、この健康ポテンシャルを現在我々が知りうるあらゆる生体情報(遺伝情報、生理活性情報、食生活、環境など)をインプットにして定義し、それらの定期的モニターに基づき、もし定常状態からなんらかの逸脱があればその原因を自動的に解析し、結果を本人および掛かり付け医に自動的に知らせる。それにより、病気を未然に察知し、病気という状態になる前に修正する。これを現在の薬の認可で使われている統計処理によるのではなく、各個人個人で最適のモニターシステムを提供する。
モニターシステムは極力非侵襲的技術を利用する。また、必要な非侵襲的モニター技術開発を医療機器メーカーと共同で行うことも考える。非侵襲的モニターを利用することにより、当人が医療施設に行かずともモニターする事が可能になる。これはモニターシステムの普及のために非常に重要である。
- Comprehensive Biomedical Database for Individuals
上で説明したLife SimulationとHealth Monitoringを実現するためには、各個々人の生体情報データベース(遺伝情報、生理活性情報、代謝情報、食生活、環境など)および、疾病情報データベース(疾病に関わる遺伝情報および各種マーカー情報)を含む総合的Biomedical Database構築が必要である。
これらのデータベースの構築するために、臨床試験あるいは治療の現場において、当該人の許可の下、予め定義した生態情報と疾病情報を取得するシステムを構築する。
さらに、得られた情報に基づき、各種疾病、症状、反応、投薬情報、治療情報などのparameter間の相関関係を網羅的に自動抽出するアルゴリズムを開発し、その結果得られた相関関係を持つparameter間の背後に潜む機序の解明の一助とする。医学研究者、アルゴリズム開発者などとの共同研究を考慮する。ただし、産業に誘導されている研究者に主導権を握らせるのではなく、あくまでも当方が主導権を握る。
以上3つの柱を統合することにより科学的全人医療システムの構築を目指す。
August 13, 2007, 2:35 pm
2007年7月30日に東京女子医大学の先端生命医科学研究所を訪問し、江上美芽客員教授と大橋一夫特任准教授とお話をする機会に恵まれました。初めてお会いする江上教授は、とても上品で清楚な方なのですが、ひとたび研究所の話になると内に秘めた情熱が迸るように話をされ、聞いていた私も時間を忘れてお話に引き込まれました。
さて本研究所は、再生医療本格化のための最先端技術融合拠点たることを理念とし、その理念の基、大きく、先端工学外科学、遺伝子医学、代用臓器学、再生医工学、の4つの分野に集中し、臨床応用に直結した研究が行われています。訪問時現在メンバー構成は、教員 27名(医歯系15名 理工系11名 文系1名)、ポスドク9名、職員15名、大学院生約30名、外研生約50名、海外留学生4名となっています。
今回の訪問で特に私が注目したいのが
- 大橋准教授が最近世界で最初に成功した機能的人工肝臓の皮下における創出
- 私立大学の自由度を最大限に生かして1969年に開始された非常にユニークなバイオメディカル・カリキュラム
- 早稲田大学との医理工学連携融合施
の3つです。以下でこれらの3つの話題をお話ししたいと思います。
機能的人工肝臓の皮下における創出
まず大橋准教授の研究ですが、肝組織工学の第一人者である大橋准教授は、世界をリードする肝臓作製技術の開発を続けており、細胞シート工学を応用することにより肝細胞で構成される肝細胞シートを作製し、それらを皮下に貼布することにより、3次元的な機能的人工肝臓の作出に成功しました。本成果は2007年7月号Nature Medicine誌に発表されています。

肝組織工学
温度応答性高分子を固定した特殊培養皿を用いて細胞培養を行うと、培養温度を15分間20度に下げることで、培養皿から細胞をシート状組織として回収できます。この技術は東京女子医大の先端生命医科学研究所所長である岡野光夫教授らが開発した日本発のオリジナル技術です。このシート工学技術により、肝細胞の相互間に微細胆管等の機能的接着のある肝細胞シートを作製できます。皮下部位にあらかじめ血管網を構築した後に、あたかも湿布薬のように肝細胞シートを皮下に貼るだけで、シート1枚で2次元的な人工肝臓が形成されます。細胞シートを4枚重ねて貼る事により3次元の人工肝臓の形成にも成功しました。マウスの実験で200日以上肝臓組織は機能し、薬剤の取り込みや代謝を行うことが確認されました。再生して増えるという肝臓独特の能力もあるといいます。従来の組織工学では、生体にとって異物となる生分解性高分子等をスキャホールドとして用いる必要がありましたが、本技術は肝細胞のみから肝臓を創る画期的な技術と評価されているとの事です。培養時に遺伝子修飾を加えることも容易であり、新しい遺伝子治療法としても注目されそうです。
肝臓を創るという肝組織工学は肝臓病治療の次世代医療として期待されている分野です。大橋准教授は、「“第二の肝臓を創る“という肝組織工学は、ロマンにあふれる開発プロジェクト。しかし、今この時点においても、現存治療では救命できず、命を落としている患者さんが世界中にたくさんいるという現実を背負っており、ゆっくりとはしていられない。アイデアと技術を結集する必要がある」と話しています。先端生命医科学研究所では、肝臓の他に、心臓、角膜、網膜、肺、食道、膀胱、歯根膜などの組織再生を、細胞単位から構築するユニークな取り組みが行われていることを付記しておきます。
バイオメディカル・カリキュラム
次にバイオメディカル・カリキュラムですが、これは専門の医学教育を受けたことのない医療機器開発者や医薬品開発者をはじめとする医療産業従事者を主たる対象者とした1年間にわたる卒後教育カリキュラムです。本カリキュラムは各方面から高い評価を得ており、過去38年間に1,500名を越す方々がカリキュラムを修了し、そこで得た知識と経験を生かして社会で活躍されています。
参加者は、基礎医学講座はもちろんのこと、その座学に終始するのではなく、実際の人体解剖実習、手術室における実際の手術を最初から最後まで見学するなど実際の臨床の場面に立ち会うことになります。
また、本カリキュラム修了生を母体として、卒後教育を行うとともに、日本の未来医学・未来医療について学際的に幅広く考察していく知識集団として、1978年1月に未来医学研究会が発足しました。会員数1,682名(2006年1月4日現在)、年一回の総会、年1回の会誌”未来医学”の発行等の活動を行っています。
早稲田大学との医理工学連携融合施設
もう一つ忘れてはならないのが、2008年4月開所を目標に建設されている東京女子医科大学—早稲田大学連携の医理工学連携融合施設です。これは、スタンフォード大学で言えばBio-Xプログラム(http://biox.stanford.edu/)、あるいはカリフォルニア州立大学の内、シリコンバレー周辺に位置するバークレー、サンフランシスコ、サンタクルーズ校の3校連携によるQB3: California Institute for Quantitative Biosciences(http://www.qb3.org/)と同様に、これまでの日本の旧弊な縦割り組織とは一線を画したより有機的で効果的な医理工連携の実践の場を提供し、基礎バイオ医学研究から臨床までの学際研究を強力に推し進めることを目指しています。日本における新たな学際研究の先導者として大いに発展し指導力を発揮することを期待して見守りたいと思います。

東京女子医科大学—早稲田大学の連携融合施設(仮称)
[caption id="attachment_486" align="alignnone" width="256" caption="東京女子医科大学におけるMRIガイド下脳外科手術:摘出腫瘍部位を手術中に随時設定できるMRIシステムを開発"]

[/caption]
先端生命医科学研究所が取り組んでいる研究に関する主要論文
- 角膜再生:Corneal reconstruction with tissue-engineered cell sheets composed of autologous oral mucosal epithelium. N Engl J Med 351: 1187-1196, 2004
- 肝組織再生:Engineering functional two- and three-dimensional liver systems in vivo using hepatic tissue sheets. Nature Med 13: 880-885, 2007
- 心筋再生:Pulsatile myocardial tubes fabricated with cell sheet engineering. Circulation 114: I-87-93, 2006.
- バイオマテリアル技術:On-chip cell migration assay using microfluidic channels. Biomaterials. 28:4017-4022, 2007.
- インテリジェント手術:New radiofrequency coil integrated with a stereotactic frame for intraoperative MRI-controlled stereotactically guided brain surgery. Stereotact Funct Neurosurg. 84:136-141, 2006.
- バイオインフォーマティックス:What’s in season for rheumatoid arthritis patients? Seasonal fluctuations in disease activity. Rheumatology. 46:846-848, 2007.
- 他詳細
August 2, 2004, 12:13 pm
テキサス大学のM.D.アンダーソン癌センターのMassimo Cristofanilli医師を中心とするグループが、遠隔転移を持つ乳ガン患者177人を対象に行った二重盲検試験から、血中がん細胞濃度の高い患者のガン進行率が高く、生存率が低いことを証明するデータを得たとの報告を2004年8月19日号のThe New England Journal of Medicineに発表しました。ちなみに、本発表はかなり注目度が高く、ロイター、共同通信(AP)、Detroit Free Press、The Global and Mail、WebMD、Xinhuanet News(北京)等でも一斉に取り上げられています。
彼らの主張によると、遠隔転移を持つ乳ガン患者の内、血中ガン細胞数が7.5ml中5個未満の患者と 5個以上の患者では、有意に生存率が違うと言うことです。具体的には、前者の患者グループの無進行生存月数の中央値が7ヶ月であるのに対して、後者の患者グループではたったの2.7ヶ月です。この結果は、血中にガン細胞が多く流れ込んでいる患者の予後は悪いというごく自然な予測と一致します。
さて、この事実に加えて、本試験が持つ重要な意義は、血中の微量のガン細胞が測定できる技術が開発されているという事実にあると思います。この技術は、米国Veridex社が開発したCellSearch Systemと呼ばれる最新の血中ガン細胞濃度測定法です。今回は乳がんを対象に生存率の調査が行われましたが、本技術は、結腸がん、肺がん、前立腺がんなどの他のガンの予後診断・予測にも応用が考えられています。さらに、単に予後診断だけではなく、簡易で非侵襲的な治療効果の判定法にもなりますし、より微量のガン細胞が測定できるようになれば、スクリーニングとしてのがん診断にも応用できる可能性があります。本測定法を、ガン遺伝子診断や発現タンパク質診断などと組み合わせれば、簡便でより確度の高いガンの早期診断法への道が開けてくるのではないでしょうか。
しかしながら、多くの医師や研究者によるこうした数々努力にも拘わらず、2004年には米国だけでもガンによって約56万人もの犠牲者が出ると予測されています (M.D.アンダーソン癌センター、Clifton Leaf教授言)。この犠牲者数は、1971年に米国ガン法(National Cancer Act)が制定された当時と比べても実はほとんど減少していないのです。ガンに関する人類の知見はこの30年で確かに飛躍的に深まってはいるものの、ガンの発現の想像以上の複雑さが、ガンの根本治療の妨げになっているように思われます。その上、多くの研究者は細分化された特定のガンの個別の研究にのみ専念する傾向があり、生体内で発現するガンを総体として見ることを怠っているのではないでしょうか。
最後は表題から少々脱線してしまいましたが、がん研究・医療に携わるすべての者が、個々の成果に一喜一憂することなく、「実際に人の命を守る」という大前提を常に忘れずに、着実にがん研究を推進させていってもらいたいものです。